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旅の始まり――ペルシアにて
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私たちは、ヒジュラ暦三〇九年、サファル月の十一日が過ぎた木曜日に、「平安の都」を出発した。ナフラワーンに一日滞在し、そこから足早に進んでダスカラに着き、三日間滞在した。それから、何にも立ち寄らずに進み、フルワーンに着いて二日間滞在した。
表記 訳注 平安の都 バグダードを指す呼び名。 サファル月 イスラームの太陰暦で第2の月。本文の日付はその暦による。
そこからキルミースィーンへ進み、二日間滞在した。さらに出発してハマダーンまで行き、三日間滞在した。
次に進んでサーワに着き、二日間滞在した。そこからライイへ行き、十一日間滞在した。サアルークの兄弟、アフマド・ブン・アリーを待っていたのである。彼はライイの近郊にいた。
その後、フワール・アッ=ライイへ出発し、三日間滞在した。次にスィムナーンへ、そこからダームガーンへ向かった。ダームガーンでは、アッ=ダーイーの側に立つイブン・カーリンに出会ったので、隊商に紛れて身を隠した。そして再び足早に進み、ニーシャープールに着いた。ライラー・ブン・ヌウマーンはすでに殺されており、私たちはそこでホラーサーン軍の司令官ハンマワイヒ・クーサーに会った。
次にサラフスへ、そこからマルウへ、さらにキシュマハーンへ進んだ。キシュマハーンはアムルの砂漠の縁にある。砂漠へ入る前にラクダを休ませるため、そこで三日間滞在した。それから砂漠を越えてアムルへ行き、ジャイフーン川を渡り、ターヒル・ブン・アリーのリバートがあるアーフルに着いた。
表記 訳注 リバート 旅人の宿泊や防備などに使われた施設。この箇所はターヒル・ブン・アリーの名を冠するリバートを記す。