かすかな香りがひとすじ漂ってきた。何の香りかわからず、宝玉はしきりに尋ねた。警幻は冷ややかに笑った。「この香りは人の世にはないものよ。あなたにどうして分かるの。名山や仙境に芽生えた珍しい草花の精と、いろいろな宝林珠樹の油を合わせて作ったの。名は『群芳髄』よ。」宝玉は聞いて、ただうらやましく思った。皆が席につくと、小間使いが茶を持ってきた。宝玉は香りも味もよく、並の品とはまるで違うと感じ、また名を尋ねた。警幻は言った。「この茶は放春山の遣香洞から来たもの。仙花や霊妙な葉についていた夜露で煎じたの。名は『千紅一窟』よ。」宝玉はうなずき、褒めた。
宝玉は部屋を見た。琴、鼎、古い絵、新しい詩が何でもそろっていた。窓の下には唾絨もあり、化粧箱にはときどき白粉の汚れがついていた。そんなところも気に入った。壁には対句が掛かり、こう書いてあった。
奥深く霊妙な土地、どうにもならない天。
宝玉はそれを見て、うらやましく思った。そこで仙女たちの名を尋ねた。一人は痴夢仙姑、一人は鍾情大士、一人は引愁金女、一人は度恨菩提。みなそれぞれの道号を持っていた。しばらくして小間使いが来て、卓を整え、椅子を並べ、酒肴を用意した。玉のような美酒がガラスの盃にあふれ、玉液が琥珀の杯にたっぷり注がれていた。料理の豪華さは言うまでもなかった。宝玉は酒の香り高く澄んだ味わいが格別だったので、また尋ねずにはいられなかった。警幻は言った。「この酒は、百花の花房と万木の樹液に、麟の髄のもろみと鳳の乳の麹を加えて醸したものよ。『万艶同杯』という名なの。」宝玉は何度も褒めた。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| 唾絨 | 原語のまま残し、何を指すかは本文で決めつけていない。 |
| 奥深く霊妙な土地、どうにもならない天 | 壁の対句を短く訳し、含意を補っていない。 |
| 一人は痴夢仙姑、一人は鍾情大士、一人は引愁金女、一人は度恨菩提 | 仙女たちの道号を順に示した。誰が誰に当たるかは補っていない。 |
| ガラスの盃 | 原文の玻瓈盞を表す。 |
| 百花の花房と万木の樹液 | 酒の材料として挙げられたもの。 |
| 麟の髄のもろみと鳳の乳の麹 | 酒の材料を述べる比喩を保った。 |
| 万艶同杯 | 幻境に出てくる酒の名。 |