- 原著:Margaret Cameron, The Seven Purposes: An Experience in Psychic Phenomena(Harper & Brothers, 1918)。
本記事では、著者自身による「序論」と第一部の冒頭を紹介する。第一次世界大戦期に著者がプランシェットによる通信実験へ進んだ経緯を記したものである。心霊現象や死後存続に関する記述は原著の主張・体験談であり、翻訳者が事実として認定するものではない。
序論
二十五年、あるいはそれ以上前のこと、私はプランシェットにどんな興味深い可能性があるのかに気を引かれ、ほかの若い人たちと同じように、何年かのあいだ、時折それで遊んでいた。やはりほかの人たちと同じように、そこから時々得られる驚くべき言葉が、いったいどこから来るのかを考えもした。しかし、それらの言葉が肉体を離れた人格によって口述されたのだという考えは、いつも私には、かなりばかげたものに思えた。
心霊現象を描いたり論じたりするものを、時折目にする雑誌記事以外には、私の関心はそれを読むほど強いものではなかった。哲学も、たいして読んでいない。私はいつも忙しく、学者たちが人生について何を語ってきたかにはあまり頓着せず、人生を直接に受け取ってきた。人間のことでも神のことでも、私が何かに寄せてきた信仰は、行いに基づくものだった。だから、納得できる実証がなければ、個人の生命が続いていくのだと確信することはできなかった。
ところが戦争が始まったあと、個人が生き続ける可能性への関心が、あまりにも突然、そして痛ましいほどに高まり、先に逝った人々と通信を確立しようとする試みが、いたるところで語られるようになった。そこで私は、もう一度プランシェットを試してみようと決心した。ただ、友人のV——が、いつか私と一緒に試してみたいと言い出したのは、1917年になってからのことだった。私が実際にそれを買ったのはその時である。それからほぼ一年、プランシェットは箱の中に手つかずのまま置かれていた。そしてようやく試す機会が来たときにも、何の成果もなかった。置いた場所から動かず、私は一人で試してみようともしなかった。
数週間後、二人の友人、ワイリー夫人とゲイルロード嬢が、住まいの近くにいる誰かを通じて、兄のフレデリックと連絡を取ろうとしており、手応えがありそうだと思える結果を得ている、と私に話した。一、二日後、私たちは一緒にプランシェットを試し、少し成功した。それは勢いよく動き、「フレデリック……母……愛……幸福……」その他の途切れた言葉を書いた。また、直径二インチほどの小さな円を描き続け、鉛筆はその円周を何度も何度もなぞった。あまりにも頻繁に繰り返されたので、ワイリー夫人は何かの記号かもしれないと思ったが、それについて質問しても満足のいく答えは得られなかった。
友人たちは、その実験を再開することなく帰宅し、私の関心もそれほど刺激されなかった。書かれた言葉はフレデリックの姉妹たちの思いや願いを反映したものだろう、そしてこの一件は、潜在意識の促しに対して手の筋肉が無意識に反応したという理論で、すべて説明できるだろうと思えたからである。私自身が関わったことについては、その問題を片づけていた。そこへゲイルロード夫人から手紙が届いた。娘たちから、私には「霊媒能力」があると聞いた、もしかすると力になれるかもしれない、と書かれていた。
私は、彼女の深い悲しみの激しさが、ただ一人の息子と離れたことにではなく、息子の同一性と成長が続いていると信じられないことにあるのを知っていた。息子が、後に彼女自身が言ったように「吹き消された蝋燭のように消えてしまった」のではないという保証こそが、彼女にとって最大の、いや、唯一可能な慰めになるはずだった。そこで私はすぐに返事を書いた。自分に少しでも「霊媒能力」があると信じる理由はないが、さらに実験してみよう、ただし、試みはおそらく空振りに終わるだろう、とあらかじめ断った。
以下のページは、その結果を部分的に記録したものである。こうした啓示のいくつかは、世間に知らせずにおくにはあまりにも重大だと、ほどなく明らかになった。さらに、より親密な個人的事柄の多くは省かれているが、これらのメッセージを受け取った人々の大半は、この悲劇の時代に、自分たちが確信する慰めと保証を分かち合わずにはいられないと感じ、悲しむ人々に、人格が存続することへの新たな信頼と、その信頼が意味するすべてをもたらしたいと願って、自分たちの私生活を進んで差し出した。
参照を容易にし、全体の啓示の土台となる、十二の非個人的な通信の連続を途切れさせないために、この報告は三部構成にした。第一部は、個別のメッセージが生まれ、急速に発展していく過程である。最初は短く、純粋に個人的なものだったが、日を追うごとに量も意味の重みも増していった。第二部は「教訓」である。第三部は、最初のメッセージと同じく、もともとは個人的な目的に向けられた、さらに個別的なメッセージである。ただし、それらはより広い人間的な訴えと意義を持ち、「教訓」の意味を照らし出し、強調している。
明らかな理由から、本書で用いる氏名とイニシャルは、三、四の例外を除き、関係者の本来の氏名やイニシャルに代えて置いたものである。
第一部
「それが永遠の戦いです。進歩と建設の目的と、崩壊の目的とのあいだの戦いです。それはあなたの人生でも続き、私たちのところでは、もっと激しさを抑えて続いています。私たちが始めたように、偉大な統一へ向けて、私が築いていくのを助けてください。」
「これが、私たちがあなたと、進歩を支持するすべての人に呼びかけている戦いです。」
次回候補からは、1918年3月3日に著者が行った最初の本格的な通信実験の記録が始まる。