『ヴォルガ・ブルガール旅行記(リサーラ)』――書の冒頭


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イブン・ファドラーンが、九二一年から九二二年にかけての使節行で見聞きした土地や人々について記した旅行記です。著者の観察と伝聞、当時の価値判断を区別しながら読み進めます。現存する記述を訳したもので、原著全篇の完全な伝存を示すものではありません。

書の冒頭

慈悲あまねく、慈愛深い神の御名において。

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アフマド・ブン・ファドラーンは、こう述べた。

サカーリバ王アルミシュ・ブン・イルトワルから、信徒の長アル=ムクタディルのもとへ書状が届いた。王は、宗教を教え、イスラームの定めを知らせる者を派遣してほしいと願っていた。また、モスクを建て、説教壇を設けて、自分の国と王国全土でカリフの名を掲げる礼拝説教を行えるようにしてほしいとも願っていた。さらに、敵対する王たちから身を守るための砦を築いてほしいと求めていた。王の願いは受け入れられた。

表記 訳注
サカーリバ 原文の al-Ṣaqāliba。中世アラビア語史料で指す範囲は文脈により一定せず、この箇所ではヴォルガ・ブルガールの王国を指している。語を一律に「スラヴ人」へ置き換えない。
信徒の長 アッバース朝カリフの称号。ここではアル=ムクタディルを指す。
カリフの名を掲げる礼拝説教 金曜礼拝などの説教で統治者の名を唱えることは、その統治権を公に認める意味をもった。

王の使者はナズィール・アル=ハラミーであった。私は、王の前でカリフの書状を読み上げ、贈り物を手渡し、イスラーム法学者と教師たちを監督する役に選ばれた。モスクなどの建設費と、法学者や教師たちへの手当として王のもとへ運ぶ金は、イブン・アル=フラートの所領の一つ、ホラズム地方の「アルサフシュミーサイン」と呼ばれる領地から出すことになった。サカーリバの支配者がアル=ムクタディルのもとへ遣わした使者は、アブドゥッラー・ブン・バーシュトゥー・アル=ハザリーという男であった。

表記 訳注
アルサフシュミーサイン ホラズム地方にあった所領名。校訂本文の読みと後代地理書の表記には異同があり、日本語表記は暫定。

一方、カリフ側の使節は、ナズィール・アル=ハラミーの解放奴隷スーサン・アッ=ラッスィー、タキーン・アッ=トゥルキー、バールス・アッ=サクラビー、そして、すでに述べたとおり私であった。私は王に、王自身と、その妻、子どもたち、兄弟たち、指揮官たちのための贈り物を手渡した。また、王がナズィールに書き送って求めていた薬も渡した。

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