本連載では、『仙境異聞』を冒頭から読み進め、人物の語りや筆記者の留保を保ちながら、現代の読者に通じる文章で紹介します。原文以上の説明は加えず、読解に必要な語には短い訳注を添えます。原画像・PDFは掲載しません。
上之巻
文政三年十月一日、夕方七時のことである。屋代輪池翁が訪ねてきて、こう言った。
「山崎美成のもとに、いわゆる天狗に誘われ、長い間その使者となっていた少年が来ています。その世界で見聞きしたことを話していると聞いたのですが、私が以前から考え、書き記してきた説などとよく符合することが多いのです。これから美成のところへ行き、その少年に会おうと思っています。ご一緒になりませんか。」
私も常々、そのような者に会い、詳しく聞きたいと思っていることがいろいろあったので、大変うれしく思った。ちょうど来合わせていた友人たちに「戻ってきます」と告げ、美成のもとへ連れ立って出かけた。
美成は長崎屋新兵衛という薬商人である。以前は私に師事していたが、その後、高田與清に師事し、今は屋代翁の門に入って、広く書物を読むことを好んでいる。家は下谷長者町というところにあり、私が今住んでいる湯島天神の男坂下からは七、八町ほどである。屋代翁の家と美成の家とは、四、五町ほど離れている。
さて、道中で私は屋代翁に尋ねた。
「神に誘われた人は、話がぼんやりしていて、はっきりしないものです。とりわけ、その世界のことは隠して、明らかには語らないものですが、その少年はどうなのですか。」
翁はこう答えた。
「世間で聞く神に誘われた人の話は、たいていそうですが、その少年は話を隠さないようです。すでに織川家へ行ったときにも、遠い西の果ての国々まで行き、迦陵頻伽さえ見たと言って、その声をまねて聞かせたそうです。美成の話によると、近ごろどこかでその世界へ誘われた人も、隠すことなく話していると聞いています。以前は、その世界のことが世に漏れるのを嫌っていたのでしょうが、近ごろは隠さなくなったようです。よく尋ねて、忘れずに書き記してください。」
| 訳注 | 説明 |
|---|---|
| 迦陵頻伽 | 仏教説話に現れる鳥の名。美しい声で知られる。ここでは屋代輪池が、寅吉が見たと語ったものとして述べている。新纂浄土宗大辞典「迦陵頻伽」 |
私は承知した。
そして、心の中でこう考えた。今の世のありさまを見ても、昔はひどく秘められていた書物や事柄が、今では世に明らかにされていることが多い。知り難かった神の世界の道も、次第に明らかになり、外国の事物やさまざまな道具も、年月とともに世に知られるようになっている。これらはすべて神の御心によるものだ。その世界のことまで知ることのできる、いわゆる機運が巡ってきたのではないか。そんなことを考え続けているうちに、間もなく美成の家へ着いた。
折よく主人が居合わせ、少年を呼び出して、翁と私に会わせてくれた。ところが少年は、私たち二人の顔をじっと見つめるばかりで、挨拶をしようともしない。傍らにいた美成が、挨拶をするように言うと、ひどくぎこちない挨拶をした。
少年は、ふだんと変わったところのない普通の子供だった。十五歳だというが、十三歳ほどに見えた。目は人相家が下三白と呼ぶ目で、普通よりも大きかった。俗に眼光が人を射るというように光があり、顔つき全体が普通とは違っていた。脈を診て、腹も診たところ、下腹はしっかりして力があった。
| 訳注 | 説明 |
|---|---|
| 下三白 | 本文では人相家の用語として出てくる。黒目が上寄りで、下側にも白目が見える目を指す表現。ここは記録者が当時の人相観に沿って寅吉の目を描写した箇所であり、現代医学の診断・評価を示すものではない。精選版 日本国語大辞典「三白眼」 |
脈を診る三か所のうち、寸口の脈はとても細く、六、七歳の子供の脈に似ていた。
| 訳注 | 説明 |
|---|---|
| 寸口 | 脈を診る部位をいう漢方医学の語。本文の「脈を診る三か所」は、寸口の脈を三部位に分けて診る説明にあたる。精選版 日本国語大辞典「寸口」 |
少年は、江戸の下谷七軒町にいた越中屋與惣次郎という人の次男で、名を寅吉といった。文化三年の寅年、十二月の末日の朝七時に生まれ、その年も日も時刻も寅だったため、この名をつけたという。父は三年前に亡くなっていた。その後は、今年十八歳になる兄の庄吉が、わずかな商いをして、母や幼い弟妹たちを養い、つつましく暮らしているという。
寅吉の親や兄などについては、後に私自身がその家を訪ねて詳しく知り、書き記した。また、母の話によると、寅吉は五、六歳のころから、時々、まだ起こっていないことを言い当てることがあった。
文化□年□月、下谷広小路で火事があった。その前日、寅吉は家の棟に上がっていて、「広小路で火事だ」と言った。人々が見ても何事もないので、どうしてそんなことを言うのかと尋ねると、「あんなに火が燃えているのに、みんなには見えないのか。早く逃げればいいのに」などと言った。人々は気が狂ったように思ったが、果たして翌日の夜、広小路は火事で焼けた。
また、あるとき父に向かって、「明日は怪我をすることがあるから、気をつけて」と言った。父は聞き入れなかったが、果たして大怪我をしたことがあった。また別のとき、「今夜は必ず泥棒が入る」と言ったので、父は叱って、「そんなことを言うものではない」とやめさせた。ところが、果たして泥棒が入ったことがあった。
また、まだ立つこともできず、はい回っていたころのことを覚えていて、時々その話をすることもあった。しかし、生まれつき下痢をする病気があり、幼いころは顔色が青白く、いつも腹を下したり、寝小便をしたりしていたので、とうてい大きくなれないのではないかと思っていたという。母は、「車にひかれて怪我をしたが、喧嘩をせずにすんでよかった」と寅吉が話したことも語り、「今年、旅から帰ってきてからは、とても丈夫になりました」と言った。
まだ起こっていないことを知っていたのが不思議だったので、後に寅吉に、どうして知ったのか尋ねた。その話をここに記す。広小路が焼けたときは、その前日に家の棟から見たところ、翌日焼けたあたりに炎が上がって見えたので、そう言ったのである。父が怪我をすることや、泥棒が入ることなどを知ったのは、どこからともなく耳元でささやくように思われ、その声が「明日は父親が怪我をする」「今夜は泥棒が入る」と聞こえてきたからで、自分で直接知ったのではなく、その言うとおりを口に出したのだという。
さて、寅吉は私の顔をじっと見て、笑みを浮かべていたが、思いがけない様子で「あなたは神様です」と繰り返し言った。私は、その言い方の不思議さに返事もできずにいると、寅吉は「あなたは神の道を信じ、学んでおられるのでしょう」と言った。
美成が傍らから、「こちらは平田先生といって、古学の神道を教えておられる方です」と言うと、寅吉は笑って、「本当にそうだろうと思っていました」と言った。
私はまず驚いて、尋ねた。
「それは、どうしてわかるのか。神の道を学ぶのは、よいことか、悪いことか。」
寅吉は答えた。
「なんとなく、神を信じておられる方だろうと心に浮かんだので、そう申しました。神の道ほど尊い道はありませんから、それを信じておられるのは、とてもよいことです。」
そこで屋代翁が、「私をどう見たのか」と尋ねると、寅吉はしばらく考えて、こう言った。
「あなたも神の道を信じておられますが、そのほかにも、さまざまな広い学問をなさっているのでしょう。」
「神と呼ばれることも、仏という名も望まず、ただよい人になるすべがあればよい。」――屋代翁
これが、私がこの少年に驚かされた最初の出来事だった。