ジェフリー・オブ・モンマスのラテン語韻文『マーリンの生涯』の冒頭です。献辞に続き、戦いで三兄弟を失ったマーリンが狂気にとらわれ、森へ遁走し、夏のあいだ野生の生活を送るまでを収めます。
献辞
予言者マーリンの狂気と、戯れに満ちた詩神を私は歌おう。
司教たちの誉れ、ロバートよ、私の筆を導き、この歌を正してほしい。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| ロバート | この詩の献辞を向けられたリンカン司教。1837年版の序論は具体的な人物の同定に議論があることを示しているため、本訳では姓名を補わない。 |
私たちは知っている。
哲学がその聖なる蜜であなたを潤し、あらゆることに通じた学者としたことを。
それはあなたが教えを与え、世の導き手、師となるためだった。
だから私の企てに力を添え、この詩人を、あなたが今その座を継いだ先人よりも、さらに恵み深い庇護のもとで守ろうとしてほしい。
あなたは功績により、まさしくその高位へ進んだのだ。
まことに、あなたの品性、証し立てられた生涯と家柄、この地の公益、聖職者と民衆が、こぞってそれを求めた。
それゆえ今、幸いなるリンカンは星々へと高く掲げられる。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| リンカン | イングランドの都市 Lincoln。ここでは都市だけでなく、ロバートが司教となったリンカン司教座とその共同体が擬人化されている。ロバートを迎えたことで、リンカンの名誉が星々へと高められる、という賛辞である。 |
だから私は、あなたをふさわしい歌で包みたい。
けれど私の力は及ばない。
たとえオルペウスとカメリヌス、マケルとマリウス、また雄弁なるラビリウスまでもが、詩神たちが付き従うなか、彼ら全員が私の口を借りて歌ったとしても。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| オルペウス | ギリシア神話の歌人。歌と竪琴の力で人間だけでなく、獣や樹木までも心を動かしたとされ、ここでは至高の詩歌の才を表す。 |
| カメリヌス | 詩才や雄弁の例として並べられた古代の人名。詩神たちを伴い、これらの人々がみな詩人の口を借りて歌ったとしても、ロバートを十分に讃えることはできない、という謙遜である。各名の具体的な人物同定は保留する。 |
さあ、私と歌うことに慣れたカメナたちよ、企てたこの作品をともに歌い、竪琴を鳴らせ。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| カメナ | ローマの詩で詩歌や予言に関わる女神たち。ここではギリシアのムーサ、すなわち詩神たちと同じように呼びかけられている。 |
戦いと森への遁走
かくして多くの王たちの治世のもと、幾年もが過ぎ、ブリテン人マーリンは世に名高い者となっていた。
彼は王であり、予言者でもあった。
デメタエの誇り高い民に法を授け、諸侯には未来を歌った。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| 彼は王であり、予言者でもあった | この作品のマーリンは、ラテン語で Rex erat et vates(彼は王であり、予言者でもあった)と明記される。続く行でデメタエの民に法を授けるため、ここでの「王」はブリテン全土の王ではなく、デメタエを治める王・支配者という作品内の設定である。 |
| デメタエ | ブリテン西部の民を指すラテン語の民族名。この詩では、王であるマーリンが法を授ける民として登場する。 |
そのころ、王国の諸侯の多くが互いに争い、激しい戦によって罪なき民々を、街ごと荒らし回ることとなった。
ヴェネドティ人の公ペレドゥルは、スコティアの諸国を治めるグエンノロウスと戦っていた。
やがて戦いの日が来た。
諸将は戦場に立ち、軍勢は死力を尽くして戦い、どちらの側も、悲惨な殺戮のなかに倒れていった。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| ヴェネドティ人 | ウェールズ北西部のグウィネズの人々を指すラテン語名。この詩ではペレドゥルがその公とされる。 |
| スコティア | それぞれラテン語の Scotia と Scoti。ここではグエンノロウスの支配地と、ブリトン人と戦う民を指す。中世ラテン語の地理名は、現代国家の国境と完全に同じとは限らない。 |
マーリンはペレドゥルとともに参戦していた。
カンブリ人の王ロダルクスもそこにいた。
両王とも勇猛だった。
彼らは憎しみの剣で、立ちはだかる敵を斬り伏せた。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| カンブリ人 | カンブリ人はブリテン北部の民。この詩ではロダルクスがその王とされ、マーリンとともに戦いに加わる。 |
また、公の三人の兄弟は、戦いのなかで自らの兄弟に従い、絶えず応戦して敵を斬り、その軍列を滅ぼした。
そして、それほどの武勲を引っ提げて、敵意に満ちた軍勢のなかへ猛烈に突入したが、にわかに討たれ、倒れた。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| 三人の兄弟 | ラテン語の tres ducis fratres は「公の三人の兄弟」を意味する。戦死する三人はペレドゥルの兄弟であり、マーリンの兄弟ではない。 |
これを見て、マーリンよ、あなたは嘆き、軍勢のただなかで悲痛な哭き声を重ね、こう吼えるように叫んだ。
「過酷な運命が、これほどまで私を打ちのめすことがあろうか。
これほど多くの、これほど優れた仲間たちを、私から奪うとは。
つい先ほどまで、あれほど多くの王たち、遠く離れた諸国までが、彼らを恐れていたのに。
ああ、人の身に起こることの、なんと定かでないことか。
死の、なんと身近なことか。
死はつねに人の傍らにあり、隠された棘で人を刺し、哀れな命を肉体から追い出す。
ああ、若者たちの誉れよ。
これからは誰が武装して私の脇に立ち、私を滅ぼそうと進んでくる諸将や、押し寄せる軍勢を、私とともに退けてくれるのか。
勇敢な若者たちよ。
おまえたちのその勇気が、愛しい命と、愛しい青春を、おまえたちから奪ってしまった。
つい先ほどまで、武装して隊列の間を駆け巡り、立ちはだかる者を、いたるところで打ち倒していたおまえたちが、今は大地を打って倒れ、紅い血に赤く染まっている」
こうしてマーリンは、軍勢の間で涙を溢れさせながら、声を上げて嘆き、死んだ男たちを哭き悼んだ。
それでも悲惨な戦いは止まない。
戦列と戦列が激突し、敵は敵の手に倒れ、いたるところに血が流れ、両軍の兵たちが死んでいった。
だがついにブリトン人たちは、各所から軍勢を呼び戻し、一斉に集結した。
そしてまた一斉に、武器を振るって突進し、スコト人たちに襲いかかり、傷を負わせて打ち倒した。
彼らは休むことなく戦い続け、ついに敵の軍勢は背を向け、間道をばらばらに逃げ去った。
マーリンは戦場から仲間たちを呼び集め、三人の兄弟を、それぞれ別の礼拝堂に葬るよう命じた。
彼は三人を哭き悼み、涙を流すことをやめなかった。
髪に塵を振りかけ、衣を引き裂き、地に身を伏せて、あちらこちらへと転げ回った。
ペレドゥルはマーリンを慰め、諸侯や諸将も慰めた。
しかしマーリンは慰められることを望まず、懇願の言葉にも耳を貸さなかった。
すでに三日が過ぎ、彼はその間ずっと泣き続け、食べ物も斥けていた。
それほど激しい悲しみが、彼を焼いていたのだ。
それから、これほど多くの、これほど激しい怨嘆で大気を満たしたのち、新たな狂気にとらわれ、こっそりとその場を去った。
そして森へ逃げた。
逃げる姿を、誰にも見られたくなかった。
森の奥へ入り、トネリコの木の下に身を隠すことを喜び、森の草を食む野獣たちを、驚きの目で見つめた。
あるときは獣たちを追い、またあるときは走ってそれらを追い越した。
草の根を食べ、草を食べ、木の実と、藪のキイチゴを食べた。
彼は森の人となった。
まるで森から生まれた者であるかのように。
それから夏の間ずっと、誰にも見つけられず、自分自身のことも、自らの血族のことも忘れ、野獣のように森に覆い隠されて、潜んでいた。
原著情報
- 作品:Vita Merlini(『マーリンの生涯』)
- 著者:ジェフリー・オブ・モンマス
- 底本:Francisque Michel、Thomas Wright校訂、1837年版