梅黒帝は驩州に起こり、楚客の苛政に憤って兵を挙げ、これを攻めた。南は海嶺を押さえ、北は李唐と境を接した。豪傑の君主と呼ぶべき人物であった。残念ながら外敵を防ぐ才に欠け、人々の助けも乏しく、楊思勗の乱を抑えられなかった。
訳注
| 対応する訳文 | 語句 | 読者向け解説 |
|---|---|---|
| 楚客の苛政に憤って兵を挙げ | 楚客 | 本文が梅黒帝の蜂起のきっかけとして挙げる人物名。 |
| 南は海嶺を押さえ | 海嶺 | 本文では梅黒帝が拠った南方の地として述べられ、北方の李唐と対比される。 |
梅黒帝は驩州に起こり、楚客の苛政に憤って兵を挙げ、これを攻めた。南は海嶺を押さえ、北は李唐と境を接した。豪傑の君主と呼ぶべき人物であった。残念ながら外敵を防ぐ才に欠け、人々の助けも乏しく、楊思勗の乱を抑えられなかった。
| 対応する訳文 | 語句 | 読者向け解説 |
|---|---|---|
| 楚客の苛政に憤って兵を挙げ | 楚客 | 本文が梅黒帝の蜂起のきっかけとして挙げる人物名。 |
| 南は海嶺を押さえ | 海嶺 | 本文では梅黒帝が拠った南方の地として述べられ、北方の李唐と対比される。 |