前南帝から後南帝までの興亡


前南帝は生来きわめて聡明で、文武両面に優れた才能を備えていた。北では蕭諮を追い払い、南では林邑を平定し、国号を定め、尊称を正し、百官を置いて年号を定めた。帝王として国を整える大きな構想を備えていた。ところが、澈湖での戦いはすでに敗れ、霸先の侵攻は勢いを増していた。「白牛の書」のことも天数によるところがあったのだろう。桃郎王は南帝の兄で、敗残兵を集めたが、一戦で敗れ、野能に退いて守った。威力が足りなかったからである。趙越王は前南帝の王統を継ぎ、朱鳶の地を保った。初めは桃郎王と時勢に乗じて王を称したが、最後には後李と国を分けて共に治めた。幸いに龍爪の吉兆を得て、全梁の軍を大いに破った。しかし、螺城の築造がまだ乾かぬうちに、鴉海で軍勢が水に沈み、鵝毛の禍が起きた。これは誰の責任なのか。後南帝は二人の兄の事業を継ぎ、四紀を超えて治めた。しかし、義に背いて趙を滅ぼし、隋の軍勢の勢いを見て降伏したため、北へ連れ去られる屈辱を味わった。自ら招いた結果である。ああ、天命は定まらず、人心は信じがたい。先には安陽王が亀爪の吉兆を頼みにしたが、怠りが現れると国もそれに続いて滅んだ。後には趙越王が龍爪の吉兆を頼みにしたが、驕りが生じると国もそれに続いて滅んだ。吉兆など、いったい何の益があろうか。趙武帝は仲始を使い、安陽王の娘との婚姻を口実に亀爪を盗ませ、安陽王を討って国を奪った。趙武帝の計略は険しいものだったが、趙氏はまもなく漢に滅ぼされた。後南帝は雅郎を使い、趙越王の娘との婚姻を口実に龍爪を盗ませ、趙越王を討って王統を移した。後南帝の策謀は奥深かったが、李氏もついには隋に滅ぼされた。ああ、他国を滅ぼせば、また他者がその国を滅ぼす。天の道理は明らかであり、戒めとするに足る。

訳注

対応する訳文 語句 読者向け解説
「白牛の書」のこと 白牛の書 本文では、前南帝をめぐる戦況を「天数」と結びつけて述べる箇所に現れる。書の具体的な文言はここには記されていない。
龍爪の吉兆 龍爪の吉兆 本文では趙越王が梁軍を破る際の瑞祥として挙げられ、後段で龍爪をめぐる政略が語られる。
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