フレデリック・ブライ・ボンド(Frederick Bligh Bond)の『The Gate of Remembrance』は、グラストンベリー修道院の発掘と自動書記をめぐる体験を記した著作です。この記事では、1920年刊行の第3版に収められた、ボンド自身による「第二版への序文」を紹介します。
この序文でボンドは、書記記録に現れる言語の混在をどのように説明できるか、そしてメッセージの知性的な源泉をどのように考えるかという二つの問題を取り上げます。そこから、潜在記憶、テレパシー、そして個人の記憶を超えて浸透する「大いなる記憶」という仮説へ議論を進めています。
心霊現象や死後存続に関する記述は原著者の見解であり、翻訳者が事実として認定するものではありません。
第二版への序文
この書記記録について、批評家たちは二つの問題に真剣な注意を向けてきた。そのうち第一の、より単純な問題は、メッセージの言語と文学的形式に関わるものである。それは、低ラテン語、時代の異なる中英語、そして文体も語彙もさまざまな現代英語が寄せ集められた、奇妙なつぎはぎである。色とりどりの断片を、ひどく無作為な仕方で接着したモザイクと言ってよい。この異常さがいっそう注目されるのは、書記記録そのものが示す、持続的で首尾一貫した内容との対照があるからだ。書記記録は、あらかじめ定められた意図と確定した計画に従うかのように、中断にはまったく動じず、完成した全体を一行ずつ提示しようとする。時間の経過は、そこでは何の意味も持たないように見える。数時間中断した後でも、糸は中断した箇所から再びつながる。1911年のLoretto Chapelに関する未完の通信は、五年後に取り上げられ、自発的に完結した。それにもかかわらず、言語の奇妙なつぎはぎは、ここでもまた明らかである。
この事実について、次のような説明が提示されている。これらのメッセージの源泉、あるいはそれを鼓舞する作用が何であれ、メッセージが伝えられる言語は、その過程における「機械的な側面」であり、伝達の過程で確実に慣習に依存する要素であることは、容易に認められるだろう。しかし、目に見える道具となっているのはF.B.B.とJ.A.の脳である。彼らの推理力と内省する能力は、その時には休止しているか、別のことに従事している。[1] 彼らの注意は完全にそらされている一方で、脳の内部に潜んでいる記憶と潜在意識的な印象の貯蔵庫が使われているのである。それも、通常の思考能力がまったく別の対象に向けられているのと同時に、しかもそれとはまったく独立して使われている。
幼少期から後に至るまで、心に刻まれたあらゆる印象の保管場所として、人間の脳をしばらく考えてみよう。そのように見れば、脳は、意識する心が蓄えたあらゆる知識の百科事典のようになる。それぞれの項目には、一つの性質をもつ観念が記録され、その時々の状況が命じた言語で記されている。では、こう仮定してみよう――そうするのは難しくない――これらの記録の一つ一つが、表現されようとしている一つの理念(Idea)の衝動に応答し、その表現の道具となるのが、特定の記憶や対象を記録した元の思考に調律された、ある種の共鳴振動だとする。共鳴振動は記録の、より密度の高い、物理的な粒子をつかみ、それらを応答させ、固有の声を発させる。
言い換えれば、書記記録の言語とは、どこから生じたものであれ、理念の共鳴振動に対する脳の記録の反応が生み出したものにすぎない。
もちろん、そのような条件が常に必要なわけでも、常に可能なわけでもない。例えば、かなり確実に記録された自動書記の事例には、伝えられた理念が書き手の意識の外にあるだけでなく、場合によっては、その言語そのものが書き手にとってまったく未知だというものが数多くある。媒介者の知らない言語による自動書記の記録例を考えてみればよい。しかも、それらを理解するには特別な学識を要することさえある。
この場合の説明は、媒介者の心が、より直接的な霊的作用に対して可塑的になっており、その作用が心の粒子を形づくり、自らのために新しい記録を作ることができる、というものらしい。これは、聖霊降臨の際の「異言の賜物」において、また後の原始教会の歴史においても、起きたに違いない。
批評家たちが指摘した第二の問題は、より困難なものである。それは、メッセージの知性的な源泉に関わる。これについて私は、私たち自身の記憶を超越し、しかもそこに浸透している「大いなる記憶(Greater Memory)」という見解を提唱してきた。この理論は、説明というより示唆を与えるものである。現在の私たちの知識の状態では説明できない多くの事柄を、この理論は説明しないし、説明できない。また、すべてを覆い尽くすつもりもない。私が言うように、それは単なる示唆である。その長所は、ほかの可能な作用を何一つ排除しないことにある。そのため、透視のような超越的能力の働きだけでなく、あらゆる種類の「第一義的な」衝動や、それを用いることのできる、数も程度もさまざまな指導的作用の余地を残している。
私たちは、自分自身の経験から、意識する心とは別に働く何らかの知性によって、潜在していた記憶がこれらの記録の中でよみがえり、引き出されていることを認めざるを得ない。また、二人のあいだのテレパシーが関わっていることも認めなければならない。そうであるなら、これらのメッセージが生み出される際に、私たちの心を通り抜けて働く、さらに広い範囲のテレパシー作用が存在する可能性も認めざるを得ない。
一方では、物質的な脳は死とともに崩壊し、その働きを停止する。他方では、潜在意識あるいは直観的な自己の器官であり媒体である、より内面的で物質性の低い脳が、肉体の死を越えてなお完全に存続し、生き残る――私たちが自分の経験からこのように考えることに同意し、さらに、この内面的な脳が、直観的な思考のはるかに速い運動に応答する、より精妙な粒子からできていると考えるなら、次のことも認めなければならない。すなわち、死んだ人格の記憶記録が、私たち自身を動かすのと同じ霊的な意志と理念の刺激に応答できるなら、その記録は、活性化する知性によって同じように引き出されることができる。そして私たち自身の場合と同じく、その人格固有の意識する「霊」や人格そのものを呼び起こすことなく、引き出され得るのである。Johannesが次のように言うとき、それはまさにこの意味に違いない(95ページ)。
「存在しないものに、なぜ私はしがみつくのか。それは私であり、私ではない。何年ものあいだ私の肉体の魂が愛し、『故郷』と呼んだものに結びついた、私の一部分なのだ。それでも私は、Johannesである私は、多くの部分から成っている。そして、よりよい部分は別のことをする――誉れあれ、神に誉れあれ!――しがみつくのは、見えているものに記憶のように執着する、その部分だけなのだ。」
したがって、死者の個人が意識的にそこに存在するという意味での人格の問題は、これらの書記記録に関して、そもそも生じる必要がないように私には思われる。不可欠な前提として置くべきなのは、私たち自身の潜在する心、あるいは夢意識の深い層が、同種同調の性質をもつ他の深層と結びつくことだけである。それを可能にするのは、より大きく、すべてを含む霊的な本質、理念、あるいは意志の存在下で、それらが共鳴し調和して動くことだ。その本質、理念、意志は、どこにでもあり、すべてに浸透し、眠っている記憶記録を活動させ、意識の平面での準備によって、それらを受け入れ保持できるようになった心の、いずれかの水路へと導く。
遠い時代から届く、かすかな声――虚空を震わせ、私たち自身の存在の深みにかすかな共鳴を起こす声――それは偉大なテレパシー、真の心の交わり、使徒の知識(グノーシス)への門である。その鍵は心の共感だ。法律家たちがその鍵を持ち去ったため、自分たちも入らず、他人が入るのも許さなかった。
この交わりを損なう不協和音はない。愛と理解がその法だからである。死はそれに触れることができない。むしろ死は、門の番人なのだ。私たちが知る時間は、ここでは何の意味も持たない。深い夢意識にとって、一日は千年にもなり、トランスや眠りの一期間は、時計の一刻にもなり得る。
ブリストル
1918年5月
脚注[1]
最近の一連のセッションでは、書記が続いているあいだじゅう、F.B.B.がJ.A.に向かって、小説か、注意を引きつけておくのに適した娯楽的で面白い本を朗読するのが決まりになっている。その結果生じる書記記録は、その本の内容とはまったく共通点をもたず、物質を霊が征服することに関する、互いに関連した一連の論考を形成していることがわかった。