ヴェールを脱いだイシス 第1巻「ヴェールの前に」(2)


本記事の一部はAIを活用して作成しています。内容は編集者が確認・修正を行っています。

ヴェールの前に(2)

この中間の立場を私たちに与えうるのは、古代インドの難解な諸体系を最も精緻に集成した、プラトンの哲学だけである。プラトンの死から二千二百二十五年が経過したにもかかわらず、世界の偉大な知性は、なお彼の著作に取り組んでいる。彼は、最も十全な意味で、世界を解き明かす者だった。そして、キリスト教以前の時代のこの最大の哲学者は、自分より何千年も前に生きたヴェーダの哲学者たちの霊的思想と、その形而上学的表現を、著作のなかに忠実に映し出した。ヴィヤーサ、ジャイミニ、カピラ、ブリハスパティ、スマティ、その他多くの人々が、幾世紀もの隔たりを越えて、プラトンとその学派に消えない刻印を伝えたことが見いだされるだろう。したがって、プラトンにも古代インドの賢者たちにも、等しく同じ智慧が啓示されたのだという推論が成り立つ。このように時の衝撃を生き延びる智慧は、神的かつ永遠のものでなくて、何であろうか。

プラトンは、正義とはそれをもつ者の魂のうちに存し、その者にとって最大の善であると教えた。「人々は、自らの知性の程度に応じて、彼の卓越した主張を認めてきた。」それにもかかわらず、彼の注釈者たちは、彼の形而上学が観念上の構想ではなく、確固とした基盤に立っていると示唆する箇所となると、ほとんど申し合わせたように尻込みする。

しかしプラトンは、霊的な憧れを欠く哲学を受け入れることはできなかった。彼にとって、この二つは一つだったのである。この古代ギリシャの賢者にとって、到達すべき目標はただ一つ、真の知識であった。単に目に見えるものではなく真に存在するものを、一時的なものではなく常に存在するものを、盛衰し、交互に生成し消滅するものではなく恒久的に存在するものを知る者だけが、真正な哲学者、すなわち真理を学ぶ者であると、彼は考えた。「あらゆる有限の存在と二次的原因、あらゆる法則、観念、原理を超えて、知性あるいは精神[νοῦς、nous、霊]がある。それは、すべての原理の第一原理であり、ほかのすべての観念の基盤となる至高の観念である。宇宙の君主であり立法者であり、万物がその存在と本質をそこから得る究極の実体である。宇宙に遍在するあらゆる秩序、調和、美、卓越性、善の、第一の、そして作用する原因である。その優越性と卓越性ゆえに、それは最高善、神(ὁ θεός)、『万物の上にある神』(ὁ επι πασι θεός)と呼ばれる。」[7] それは真理でも知性でもなく、「その父」である。この万物の永遠の本質は、私たちの肉体の感覚では捉えられないかもしれないが、わざと理解を拒もうとするのでなければ、精神によって把握できる。「あなたがたには」とイエスは選ばれた弟子たちに言った。「神の国の神秘を知ることが与えられているが、彼ら[πολλοὶ、大衆]には与えられていない。……だから私は彼らにたとえ[あるいは寓話]で語る。彼らは見ても見ず、聞いても聞かず、理解もしないからである。」[8]

新プラトン学派のポルピュリオスによれば、プラトンの哲学は、秘儀のなかで教えられ、具体的に示されていたという。多くの人がこれを疑い、さらには否定してきた。ローベックは『アグラオパムス』(Aglaophomus)において、その聖なる秘儀を、想像力をとらえるための空虚な見世物にすぎないと描くところまで行き着いた。まるでアテネとギリシャの人々が、二十世紀以上ものあいだ、五年目ごとにエレウシスへ赴き、厳粛な宗教的茶番を見物していたとでもいうかのように! 教父でありヒッポの司教であったアウグスティヌスは、そのような主張に決着をつけている。彼は、アレクサンドリアのプラトン主義者たちの教義こそ、プラトンの最初の弟子たちの、もともとの秘教的教義であると述べ、プロティノスを、よみがえったプラトンと描いている。また、その偉大な哲学者が、自分の教えの内的な意味を覆い隠した動機も説明している。[9]

神話について、プラトンは『ゴルギアス』と『パイドン』で、それは探し求めるに十分値する偉大な真理を運ぶものだと述べている。しかし注釈者たちは、この偉大な哲学者の精神にあまりにも通じていないため、どこで「教義が終わり、神話が始まる」のか分からないと認めざるをえない。プラトンは、魔術やダイモーンについての民間の迷信を追い払い、その時代の誇張された考えを、合理的な理論と形而上学的な構想へと発展させた。それらは、アリストテレスが確立した帰納的な推論の方法には、完全には耐えられないかもしれない。それでも、真理を確かめる基準を与えるものとして、洞察あるいは直観という、より高い能力の存在を認める人々にとっては、きわめて満足のいくものである。

プラトンは、すべての教説を至高の精神の存在に基づかせ、人間のヌース、すなわち霊、あるいは理性的な魂は、「神なる父によって生み出された」ものであるため、神性と同族の、さらには同質ですらある本性をもち、永遠の実在を観ることができると教えた。実在を直接、何ものも介さず観照するこの能力は、神だけに属する。この知識を求める憧れこそ、哲学――智慧への愛――という言葉が真に意味するものである。真理への愛は、本来、善への愛でもある。それゆえ、それが魂のあらゆる欲望にまさり、魂を浄めて神的なものに似せ、こうして個人のあらゆる行為を導くとき、人間を高めて神性にあずからせ、神性と交わらせ、神に似た姿へと立ち返らせる。「この飛翔は」とプラトンは『テアイテトス』で述べる。「神に似ることにあり、この同化とは、智慧をもって正しく、聖なる者となることである。」

この同化の基礎は、常に、霊あるいはヌースが生に先立って存在していたことにあるとされる。『パイドロス』に示された、戦車と翼をもつ馬の寓話で、プラトンは魂的な本性を、二つの部分から成る複合的なものとして描いている。すなわち、現象世界の実質から形成されたテュモス(thumos)、あるいは欲望的な部分(epithumetic)と、その本質が永遠の世界につながっている θυμοειδές、テュモエイデス(thumoeides)である。現在の地上の生は、転落であり罰である。魂は「私たちが身体と呼ぶ墓」のなかに住み、身体に宿った状態では、教育による鍛錬を受けるまでは、知性的あるいは霊的な要素は「眠っている」。したがって生は、実在というより夢なのである。『国家』に描かれた地下の洞窟の囚人のように、私たちは光に背を向け、物の影だけを知覚し、それを真の実在だと思っている。これは、仏教哲学の際立った特徴である、マーヤー、すなわち肉体の生における感覚の幻影という観念ではないか。しかし、私たちが感覚的な本性にすっかり身を委ねてしまっていなければ、それらの影は、かつて住んでいた高い世界の記憶を、私たちのうちに呼び起こす。「内なる霊には、生まれる前の至福の状態についての、ぼんやりとした影のような記憶があり、そこへの帰還を、本能的に、また先取りするように切望するところがある。」哲学的な鍛錬の役割は、その霊を感覚の束縛から解き放ち、純粋な思考の天上界へと高め、永遠の真理、善、美を観るに至らせることにある。「魂は」とプラトンは『テアイテトス』で述べる。「一度も真理を見たことがなければ、人間の姿を取ることはできない。これは、かつて私たちの魂が神とともに旅をし、いま私たちが存在すると言うものを軽んじ、真に存在するものを仰ぎ見ていたときに目にした事柄の想起である。それゆえ、哲学者、すなわち高い真理を学ぶ者のヌース、あるいは霊だけが、翼を備えている。なぜなら彼は、観照することで神自身をさえ神的なものとする、それらの事柄を、できる限り心に留めているからである。前の生から思い出されたこれらの事柄を正しく用い、完全な秘儀のなかで絶えず自らを完成させることによって、人は真に完全な者、すなわち、より神的な智慧へと秘儀参入を果たした者となる。」

ここから、秘儀のなかでも、いっそう崇高な場面がいつも夜に行われた理由を理解できる。内なる霊の生は、外なる本性の死であり、物質世界の夜は、霊的世界の昼を意味する。そのため、昼の天体であるヘリオスよりも、夜の太陽であるディオニュソスが崇拝される。秘儀のなかでは、霊と魂の、生に先立つ状態、魂が地上の生とハデスへ落ちていくこと、その生の苦しみ、魂の浄化、そして神的な至福への回復、すなわち霊との再結合が、象徴的に表されていた。スミュルナのテオンは、哲学的な鍛錬を、秘儀の儀礼に巧みにたとえている。「哲学は」と彼は言う。「真の奥義への参入、真正な秘儀の教授と呼ぶことができる。この参入には五つの部分がある。第一は事前の浄化、第二は奥義の儀礼への参加を許されること、第三は秘儀を直観する啓示、第四は授衣あるいは即位、第五――これらすべてから生み出される第五のもの――は、神との親交と内的な交わり、そして神的な存在たちとの親密な対話から生じる、あの幸福を享受することである。……プラトンは、エポプテイア(epopteia)、すなわち自ら観ることを、直観によって把握される事物、絶対的な真理と観念の、完全な観照と呼んでいる。また、頭に帯を結ぶことと冠を授けることを、ほかの人々を同じ観照へ導く権限を、師から授けられることに対応するものと考えている。第五の段階は、ここから生じる最も完全な幸福であり、プラトンによれば、人間に可能な限り、神性に似たものとなることである。」[10]

これがプラトン主義である。「思想に携わる人々のあいだで、いまなお書かれ、論じられているすべてのものは、プラトンから生まれる」とラルフ・ウォルドー・エマソンは言う。プラトンは、その時代の学問を吸収した。ギリシャではフィロラオスからソクラテスまで、次いでイタリアではピュタゴラスから、さらにエジプトと東方から得られる限りのものを。彼の幅はあまりにも広く、ヨーロッパとアジアのあらゆる哲学が、その教説のなかにあった。そして教養と観照に、詩人の本性と資質を加えたのである。

著者脚注

[7] コッカー『キリスト教とギリシャ哲学』(Christianity and Greek Philosophy)、第11章、377頁。

[8] 『マタイによる福音書』第13章11節、13節。

[9] 「ソクラテスに向けられた、無神論、外来の神々の導入、アテネの若者たちの堕落という告発は、プラトンが自らの教義の秘教的な教授を隠すための、十分な理由となった。錬金術師たちの独特の言い回し、あるいは『隠語』も、疑いなく同じ目的で用いられた。あらゆる系統のキリスト教徒、とりわけローマ・カトリック教徒は、教会が奉ずる理論に反する教えを説く者には、たとえそれが自然科学であっても、地下牢、拷問台、火刑をためらわずに用いた。教皇グレゴリウス大帝は、ラテン語を文法にかなって用いることさえ、異教的として禁じた。ソクラテスの罪は、秘儀のなかで教えられていた神々についての秘教的教義を、弟子たちに明かしたことにあり、それは死罪だった。また、アリストパネスは、ソクラテスが新しい神ディノス(Dinos)を、デーミウルゴス、すなわち造り手、そして太陽の宇宙の支配者として、国家に導入したと告発した。太陽中心説も秘儀の教義だった。そのため、ピュタゴラス派のアリスタルコスがそれを公然と教えたとき、クレアンテスは、ギリシャ人は彼の責任を問い、神々への冒瀆として有罪を宣告すべきだったと述べた」――(「プルタルコス」)。しかし、ソクラテスは一度も秘儀参入を受けていなかった。したがって、彼がそこで伝授された何かを漏らしたということもなかった。

[10] トマス・テイラー『エレウシスとバッコスの秘儀』(Eleusinian and Bacchic Mysteries)、47頁を参照。ニューヨーク:J. W. ブートン、1875年。

[ 日本語 ]