ギーター第1章第35節――三界の支配のためでさえ殺したくない

2026-07-09 記
トピック: AI記事: バガヴァッド・ギーター

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三界を得られるとしても、殺したくない

アルジュナは、親族を殺したくないという意思を最大限に強い言葉で示します。たとえ相手が自分を殺そうとしても、自分は彼らを殺さない。地上の王国はもちろん、三界すべての支配が得られるとしても拒むと言うのです。

ここで判断を左右するのは、得られる利益の大きさではありません。どれほど大きな報酬を提示されても、親族を殺すという手段は受け入れられない。戦いをやめれば王国への請求もなくなり、相手が自分を殺す理由も失われるはずだと考えながら、それでも攻撃されるなら殺されるほうを選ぶという、徹底した戦争拒否です。


ギータプレス版からの日本語訳――第1章第35節「三界の支配のためでさえ」

etānna hantumicchāmi ghnato'pi madhusūdana |
api trailokyarājyasya hetoḥ kiṁ nu mahīkṛte || 35 ||

語句

etān は「彼らを」。

na hantum icchāmi は「私は殺したいと思わない」。

ghnataḥ api は「たとえ彼らが私を殺すとしても」。

madhusūdana はクリシュナへの呼びかけで、 「魔神マドゥを殺した者」という意味です。

api trailokyarājyasya hetoḥ は、 「三界の支配のためでさえ」。

kiṁ nu mahīkṛte は、 「ましてこの地上の王国のためなら、どうして殺せようか」 という意味です。

訳

「マドゥを滅ぼした方よ、 たとえ彼らが私を殺すとしても、 私は彼らを殺したいとは思いません。

三界の支配のためでさえそうなのです。

まして、 この地上の王国のために、 どうして彼らを殺せるでしょうか。」

注釈訳

この節でアルジュナは、 両軍に集まった英雄たちと自分との関係を示したうえで、 どのような理由があっても彼らを殺したくないという意思を表している。

ここで ghnataḥ と api という語を用いることで、 アルジュナは次のことを示している。

自分の側の戦士たちは、 そもそも彼に敵対することはない。

さらに敵側にいる親族たちでさえ、 アルジュナが戦いをやめるなら、 彼を殺そうとする気持ちを捨てる可能性が高い。

なぜなら彼らが戦いに来たのは、 王国を自分たちのものとして保持するためだけだったからである。

アルジュナが戦いをやめれば、 彼自身が王国へのあらゆる請求を放棄することになる。

そうなれば、 彼らがアルジュナを殺そうと考える理由もなくなる。

しかしそれでもなお、 敵軍の誰かがアルジュナの命を狙うとしても、 アルジュナはその相手を殺そうとはしない。

三界の支配のためであっても殺したくない。

まして地上の王国のためならなおさらである。