『枕草子』第二段――正月の行事と宮中の笑い

2026-10-03 記
トピック: AI記事: 日本古典: 枕草子

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第二段 ころは――正月の行事と宮中の笑い

原文

ころは、正月、三月、四五月、七月、八九月、十月、十二月、すべてをりにつけつつ。一年ながらをかし。

正月一日は、まいて空の景色うらうらと珍しく、かすみこめたるに、世にありとある人は、姿容心ことにつくろひ、君をもわが身をも祝ひなどしたるさま、殊にをかし。

七日は、雪間の若菜青やかに摘み出でつつ、例はさしもさる物目近からぬ所に、もてさわぎ、白馬見んとて、里人は車きよげにしたてて見にゆく。中の御門の閾ひき入るるほど、頭ども一處にまろびあひて、指櫛も落ち、用意せねば折れなどして、笑ふもまたをかし。

左衛門の陣などに、殿上人あまた立ちなどして、舎人の弓ども取りて、馬ども驚かして笑ふを、僅に見入れたれば、立蔀などの見ゆるに、主殿司、女官などの、行きちがひたるこそをかしけれ。いかばかりなる人、九重をかく立ち馴らすらんなど思ひやらるる中にも、見るはいと狭きほどにて、舎人が顔のきぬもあらはれ、白きもののゆきつかぬ所は、誠に黒き庭に雪のむら消えたる心地して、いと見ぐるし。馬のあがり騒ぎたるも恐しく覺ゆれば、引き入られてよくも見やられず。

八日、人々よろこびして走りさわぎ、車の音も、つねよりはことに聞えてをかし。

十五日は、もちかゆの節供まゐる。かゆの木ひき隠して、家の御達、女房などのうかどもを、うたれじと用意して、常に後を心づかひしたる景色もをかしきに、いかにしてけ心もとなく、所につけて我はと思ひたる女房ののぞき、奥のかたにたまふを、前にゐたる人は心得て笑ふを、「あなかま」と招きかくれど、君見知らず顔にて、おほほかにて居給へり。「ことなる物とり侍らん」などいひ寄り、はしりうちて逃ぐれば、あるかぎり笑ふ。男君もにくからず愛敬づきて笑みたる、ことに驚かず、顔少し赤みてゐたるもをかし。また互に打ちて、男などをさへぞうつめる。いかなる心にかあらん、泣きはらだち、打ちつる人を呪ひ、まがまがしくいふもをかし。内裏わたりなど、やんごとなきげに。今日はみな乱れて、かしこまりなし。

現代語訳

時節でいえば、旧暦の正月、三月、四月・五月、七月、八月・九月、十月、十二月。どの月にもその折々ならではの風情があり、一年じゅう趣深い。

元日は、とりわけ空の様子がうららかで、いつもと違って新鮮に感じられ、霞が一面に立ちこめている。世の中のありとあらゆる人が、姿や顔つきだけでなく心まで格別に整え、お仕えする方のことも自分自身のことも祝っている様子が、ことのほか趣深い。

七日には、雪の間から若菜が鮮やかな緑色に摘み出される。ふだんなら、それほど大切にされるものでもなく、身近に置かれるものでもないのに、この日は皆が大騒ぎする。白馬の節会を見ようとして、都の人々は車を美しく整え、宮中へ見物に出かける。車が中の御門の敷居を越えて引き入れられるときには、乗っている女たちの頭が一か所に転がるようにぶつかり合い、指櫛まで落ち、気をつけていないと折れたりする。それを笑っているのも、また面白い。

左衛門の陣などでは、殿上人が大勢立っていて、舎人たちの弓を取り上げ、馬を驚かせて笑っている。わずかに中をのぞくと、立蔀などが見え、そのあたりを主殿司や女官などが行き交っているのが、たいそう興味深い。どれほど高い身分の人なら、この九重の宮中をこんなに歩き慣れているのだろうと、想像せずにはいられない。

けれども、こちらから見える範囲はとても狭い。舎人の顔は地肌まであらわになっており、白い化粧料の塗られていない所は、まるで真っ黒な庭で雪がまだらに解け残っているように見えて、たいそう見苦しい。馬が跳ね上がって騒ぐのも恐ろしく感じられるので、奥へ引き入れられてしまい、十分には見届けられない。

八日には、人々が喜び合って走り回り、車の音もいつもよりいっそう騒がしく聞こえるのが趣深い。

十五日には、餅粥の節供がある。粥の木を隠し、家の上級女房や女房たちの打たれそうな者は、打たれまいと身構えて、いつも後ろを気にしている。その様子も面白い。どうしてそんなことになったのか、事情が分からず不安そうに、場所柄、自分こそはと思っている女房がのぞき込む。奥の方にいらっしゃるのを、前にいた人は心得て笑う。「ああ、静かに」と合図して隠れさせようとするが、君は知らないふりをして、ぼんやりと座っていらっしゃる。「特別な物をいただきましょう」などと言い寄り、走り打ちをして逃げると、その場にいる者は皆笑う。男君も憎らしくない、愛嬌のある笑顔で、特に驚きもせず、顔を少し赤らめているのも趣深い。また互いに打ち合い、男などまで打つようだ。どういう気持ちなのだろう、泣きはらして、打った人を恨み、縁起でもないことを言うのも面白い。宮中あたりなど、ひどく高貴な感じである。今日は皆が乱れて、かしこまった様子もない。

行事を読む

餅粥の節供と粥の木

正月十五日の餅粥の節供では、餅を入れた粥を食べます。この場面では、粥を煮るときに使った木の杖を隠し、それで人を打つ習俗が描かれています。打たれまいと後ろを気にする女房、いたずらを仕掛ける人々、知らないふりをして座る君、皆の笑いへと、宮中の年中行事がにぎやかな遊びの場として描かれます。

七日の若菜と白馬の節会

正月七日には若菜を摘み、宮中では白馬の節会が行われました。「白馬」は「あをうま」と読み、この行事では天皇が馬を御覧になります。見物の車が門の敷居を越えると車内が揺れ、櫛が落ちるほどだったという描写から、年中行事の華やかさと見物の人々の騒ぎが伝わります。

正月の空から、皆が笑う場面へ

冒頭では、趣深い月を挙げて一年全体を眺めます。元日のうららかな空と霞、七日の若菜摘みと白馬の節会、八日の人々の動きや車の音、十五日の餅粥の節供へと、視線は自然から行事に集う人々へ移ります。高貴な宮中にも、年の初めには「今日はみな乱れて、かしこまりなし」と言えるような、普段とは違う親しみのある表情が現れています。

「君」は、周囲の人々が敬意を向ける身分の高い人物を指します。ここでは具体的な人物名を定めず、いたずらの騒ぎを知らないふりで受け流す姿として読めます。

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