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五帝本紀第一
黃帝
原文
天下有不順者,黃帝從而征之,平者去之,披山通道,未嘗寧居。東至于海,登丸山,及岱宗。西至于空桐,登雞頭。南至于江,登熊湘。北逐葷粥,合符釜山,而邑于涿鹿之阿。遷徙往來無常處,以師兵爲營衛。官名皆以雲命,爲雲師。置左右大監以監萬國。萬國和,而鬼神山川封禪與爲多焉。獲寶鼎,迎日推筴。舉風后、力牧、常先、大鴻以治民。
書き下し
天下に順はざる者有れば、黃帝從ひて之を征し、平らぐる者は之を去け、山を披き道を通じ、未だ嘗て寧居せず。東は海に至り、丸山に登り、岱宗に及ぶ。西は空桐に至り、雞頭に登る。南は江に至り、熊湘に登る。北は葷粥を逐ひ、釜山に符を合はせ、涿鹿の阿に邑す。遷徙往來して常處無く、師兵を以て營衛と爲す。官名は皆雲を以て命じ、雲師と爲す。左右の大監を置き以て萬國を監せしむ。萬國和し、而して鬼神山川の封禪すること多し。寶鼎を獲、日を迎へて筴を推す。風后・力牧・常先・大鴻を舉げて以て民を治む。
現代日本語訳
天下に従わない者がいると、黄帝はみずから征討し、平定した者は退けた。山を切り開いて道を通し、安らかに住むことはなかった。東は海に至り、丸山に登り、さらに岱宗にも登った。西は空桐に至り、鶏頭山に登った。南は長江に至り、熊湘に登った。北では葷粥を追い、釜山で符を合わせ、涿鹿の地に都を置いた。移動して各地を巡り、定まった居所を持たず、軍隊を護衛とした。
訳注
| 対応する訳文 | 語句 | 訳注 |
|---|---|---|
| 天下に従わない者がいると、黄帝はみずから征討し、平定した者は退けた。 | 征討・平定 | 従わない勢力を軍事的に討ち、服属させた勢力は軍を引いた、という意味。 |
| 東は海に至り、丸山に登り、さらに岱宗にも登った。 | 岱宗 | 泰山の別名。東方を代表する聖山として扱われる。 |
| 北では葷粥を追い、釜山で符を合わせた。 | 葷粥 | 北方の異民族。後世の匈奴と関連づけられることがあるが、ここでは本文の呼称をそのまま用いる。 |
官職名はすべて雲にちなんで名づけ、雲の軍団を組織した。左右に大監を置いて、天下の諸国を監督させた。諸国が和睦すると、山川の神々を祀る封禅の祭儀も数多く行った。宝鼎を手に入れ、太陽の運行を迎えて暦を推し測った。風后・力牧・常先・大鴻を登用して、民を治めた。
訳注
| 対応する訳文 | 語句 | 訳注 |
|---|---|---|
| 山川の神々を祀る封禅の祭儀も数多く行った。 | 封禅 | 山を封じ、地を禅して、天と地に帝王の功績を報告する祭儀。 |
| 宝鼎を手に入れ、太陽の運行を迎えて暦を推し測った。 | 宝鼎・暦を推し測る | 鼎は王権を象徴する器。天体の運行を観測して、暦や時を定めたことを指す。 |
| 風后・力牧・常先・大鴻を登用して、民を治めた。 | 風后・力牧・常先・大鴻 | 黄帝に仕えた功臣たち。本文では、それぞれを登用して政治を担わせたと述べる。 |