『ヴォルガ・ブルガール旅行記(リサーラ)』――ハザルの記述・後代引用補充


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以下は、伝存写本の終わりに続けて、採用刊本が後代の引用資料から補ったハザルに関する記述です。イブン・ファドラーンへの帰属には留保があるため、前までの本文と分けて掲載します。著者自身が直接観察した内容や、原著全篇が完全に伝わったことを示すものとしては扱いません。

ハザルの記述

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ハーカーン・ベフは毎日、へりくだった態度で大ハーカーンのもとを訪れ、慎み深く穏やかな様子を示す。そのもとへ入るときは、必ず裸足で、薪を手にしている。挨拶をすませると、王の前でその薪に火をつける。火をたき終えると、王と同じ寝台の、王の右側に座る。

表記 訳注
大ハーカーンのもとを訪れ ここからは、刊本が後代の引用資料で補った記述である。著者への帰属に留保があるため、イブン・ファドラーン自身の観察と無条件に同一視しない。毎日の訪問とへりくだった態度を述べる句には、刊本で補われた文字を含む。
王と同じ寝台の、王の右側に座る 先の主君と代理人の区別を引き継ぎ、訪問者が王の右側に座ると訳した。寝台や薪の具体的な形、儀礼の理由は本文にないため補っていない。

ハーカーン・ベフの代理を務めるのは、クンドゥル・ハーカーンという男である。さらにその男の代理を務めるのは、ジャーウィシュガルという男である。

表記 訳注
クンドゥル・ハーカーン ハーカーン・ベフの代理となる者の呼称。母音を含む読みは暫定である。ここでの代理関係を、王位の時間的な継承と断定しない。
ジャーウィシュガル クンドゥル・ハーカーンの代理となる者の呼称。刊本の綴りに沿う暫定の読みで、他の呼称への同定は確定していない。

大王は、人々との面会の席には着かず、人々に話しかけることもないのが習わしである。先に述べた者たちのほかは、誰もそのもとへ入れない。物事の取り決めやその解除、処罰、国の運営に関する権限は、代理人のハーカーン・ベフが持っている。

表記 訳注
物事の取り決めやその解除 政務を決定し、取り決めを結んだり解いたりする権限を表す。個別の制度名へは置き換えていない。

大王が死んだときの習わしは、次のとおりである。二十の部屋のある大きな建物を、王のために建てる。それぞれの部屋に墓穴を掘り、石をコールのような細かい粉になるまで砕いて、墓穴に敷く。その上に石灰をまく。建物の下には大きな川が流れており、墓はその川の上に設ける。そして、こう言う。「悪魔も人間も、虫も這う生き物も、王のもとにたどり着けないようにするのだ」

表記 訳注
コール 粉の細かさのたとえに用いられた語を音写した。ここで砕かれる石の種類や、粉の成分は特定されていない。
石灰 刊本本文が採る語に沿った訳。具体的な製法や化学的な状態は、この記述から確定しない。
墓はその川の上に設ける 建物の下を川が流れ、墓をその川の上に設けるという位置関係を保った。水路や建物の構造は説明されていない。続く言葉は、人々が述べる理由である。

埋葬がすむと、埋葬した者たちは首をはねられる。どの部屋に王の墓があるか、わからなくするためである。その墓は「楽園」と呼ばれ、人々は「王は楽園に入った」と言う。部屋にはどこも、金糸で織った錦を敷き詰める。

表記 訳注
埋葬した者たちは首をはねられる 王の墓の所在をわからなくするため、埋葬した者を殺すと述べる。埋葬に携わった者の人数や身分は記されていない。
王は楽園に入った 墓を「楽園」と呼ぶことに続く、人々の言葉としての表現。王の死後についての客観的な断定とは区別する。

ハザルの王は二十五人の妻を持つのが習わしである。どの妻も近隣の王の娘で、承諾を得て迎えることもあれば、無理やり迎えることもある。また、王には寝床をともにする女奴隷が六十人おり、みな並外れて美しい。

表記 訳注
二十五人の妻 それぞれが近隣の王の娘とされる。続く六十人の女奴隷とは別の人数であり、同じ集団として数えていない。
承諾を得て迎えることもあれば、無理やり迎えることもある 承諾と強制の両方を述べる。誰がどのように承諾や拒絶を示すかという具体的な場面は補っていない。

妻も女奴隷も、一人ずつ別の宮殿に住んでいる。それぞれにチーク材で造った丸屋根の建物があり、その周りには天幕が張られている。一人ひとりに、その人をほかの者から隔てる従者がついている。王はそのうちの誰かと寝ることを望むと、その人を隔てている従者のもとへ使いを送る。従者はまばたきをするよりも早く彼女を連れてきて、王の寝床に入れる。従者は王の丸屋根の建物の戸口で待つ。王が彼女と交わり終えると、従者はその手を取って立ち去り、その後は片時も彼女から離れない。

表記 訳注
妻も女奴隷も ここでの妻は、女奴隷と区別された自由な身分の女性を指す語に対応する。直前の二十五人と六十人の区別を引き継いだ。
チーク材で造った丸屋根の建物 材料名に沿った訳で、木材の産地や建物の寸法・構法は特定していない。
天幕 建物の周囲にあるものを天幕と読む解釈を採った。大きな敷物とする解釈もあり、ここで具体的な形状や設置方法まで確定するものではない。
従者 女性をほかの者から隔て、王のもとへ連れ、連れ戻す役の者。宦官という身分は本文に明記されていないため、そう限定していない。

この大王が騎乗すると、軍勢もみな、これに合わせて騎乗する。王と行列との間は一マイルあいている。王を見た民は誰もが、王に向かって地にひれ伏し、王が通り過ぎるまで頭を上げない。

表記 訳注
一マイル 原文の距離単位に対応する表記。ここでは現代のマイルやメートルへの換算をしていない。
王に向かって地にひれ伏し 王を見た民が顔を地に伏せる礼を述べる。王が通り過ぎるまで頭を上げないという時間の条件を保った。

王が位にある期間は四十年である。それを一日でも超えると、民と側近たちは王を殺し、こう言う。「この者は知力が衰え、判断が乱れた」

表記 訳注
四十年 在位期間についての記述。続く知力や判断への評価は民と側近の発言であり、翻訳者が王の実際の状態を確定したものではない。

王が部隊を派遣すると、その部隊は、どのような事情があっても背を向けて逃げることはない。もし敗走すれば、王はその部隊から帰ってきた者をみな殺す。指揮官たちと王の代理人については、敗走すると呼び出され、妻や子も連れてこられる。彼らが見ている前で、その妻や子はほかの者に与えられる。乗用獣、持ち物、武器、家も同じである。ある者は一人ひとり二つに切られて、はりつけにされる。また、ある者は首で木につるされる。寛大な処置を受ける場合には、乗用獣の世話係にされる。

表記 訳注
どのような事情があっても 部隊が背を向けて逃げないという強い表現を保った。実際のすべての戦闘を検証した結果ではなく、この記述の言い方である。
その妻や子はほかの者に与えられる 指揮官たちと代理人が見ている前で行われることとして述べる。家族と、続く乗用獣・持ち物・武器・家の列挙を分けずに保持した。
はりつけにされる 二つに切る処罰と続けて記される。次の、首で木につるす処罰とは別に訳した。器具や処刑方法の細部は補っていない。
寛大な処置 原文が相対的に良い扱いとする表現を残した。処罰を翻訳者が正当化する意味ではない。乗用獣の世話係は、具体的な官職名へ置き換えていない。

ハザルの王には、イティル川に面した大きな都市がある。都市は二つの区域に分かれている。一方にはムスリムがおり、もう一方には王とその従者たちがいる。ムスリムを取りまとめるのは、王の奴隷の一人で、ハズという名のムスリムである。ハザルの国に住むムスリムと、交易のために訪れるムスリムの裁きは、このムスリムの奴隷に任されている。彼らの問題を取り扱い、裁くのは、この者だけである。

表記 訳注
ハズ 刊本が採る人物名の綴りに沿う暫定音写。母音を含む読みや人物同定は未確定である。
彼らの問題を取り扱い、裁くのは、この者だけである 対象は、直前の居住者および交易で訪れるムスリム。すべての住民の裁判をこの一人が行うと広げていない。
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