『史記』五帝本紀――黄帝の系譜と帝顓頊の即位

2026-10-03 記
トピック: AI記事: 中国古典: 司馬遷: 史記

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五帝本紀ごていほんぎ第一

黃帝こうていの系譜

原文

黃帝居軒轅けんえん之丘,而娶于西陵せいりょう之女,是爲嫘祖るいそ。嫘祖爲黃帝正妃,生二子,其後皆有天下。其一曰玄囂げんごう,是爲青陽せいよう,青陽降居江水。其二曰昌意しょうい,降居若水じゃくすい。昌意娶蜀山しょくざん氏女,曰昌僕しょうぼく,生高陽こうよう,高陽有聖德焉。黃帝崩,葬橋山きょうざん。其孫昌意之子高陽立,是爲帝顓頊ていせんぎょく也。

書き下し

黃帝こうていは軒轅けんえんの丘に住み、西陵せいりょう氏の娘を妻とした。この人が嫘祖るいそである。嫘祖は黄帝の正妃となり、二人の子を産んだ。その子孫は皆、天下を受け継いだ。長男は玄囂げんごうといい、青陽せいようとも呼ばれ、江水のほとりに降りて住んだ。次男は昌意しょういといい、若水じゃくすいのほとりに降りて住んだ。昌意は蜀山しょくざん氏の娘を妻とし、彼女は昌僕しょうぼくと呼ばれた。昌僕は高陽こうようを産み、高陽には聖なる徳があった。黄帝が崩じると、橋山きょうざんに葬られた。孫である昌意の子、高陽が帝位についた。これが顓頊せんぎょく帝である。

現代日本語訳

黄帝は軒轅けんえんの丘に住み、結婚して西陵せいりょう氏の娘を妻とした。これが嫘祖るいそで、黄帝の正妃である。嫘祖は黄帝の二人の子を産んだ。その子孫は皆、天下を受け継いだ。長男は玄囂げんごうといい、青陽せいようとも呼ばれ、江水に降りて住んだ。次男は昌意しょういといい、若水じゃくすいに降りて住んだ。昌意は蜀山しょくざん氏の娘を妻とし、これが昌僕しょうぼくである。昌僕は高陽こうようを産んだ。高陽には聖なる徳があった。

訳注
対応する訳文 語句 訳注
嫘祖は黄帝の正妃となり、二人の子を産んだ。その子孫は皆、天下を受け継いだ。 正妃 帝王の正式な妻。
長男は玄囂といい、青陽とも呼ばれ、江水のほとりに降りて住んだ。 江水 中国西部を流れる長江上流の呼称。
次男は昌意といい、若水のほとりに降りて住んだ。 若水 古代中国の地理書に見える川の名。具体的な比定には異説がある。

黄帝が崩じると、橋山きょうざんに葬られた。その孫で昌意の子である高陽が帝位についた。これが顓頊せんぎょく帝である。

訳注
対応する訳文 語句 訳注
孫である昌意の子、高陽が帝位についた。これが顓頊帝である。 顓頊 黄帝の後を継いだとされる古代の帝王。五帝の一人に数えられる。
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