『紅楼夢』第一回(中)――中秋の宴・賈雨村の上京と甄家の没落

2026-10-14 記
トピック: AI記事: 中国古典: 紅楼夢

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中秋の日になった。甄士隠しんしいんは家での宴を終えると、書斎にも酒席を用意した。そして月の下を歩き、賈雨村かうそんを誘いに寺へ向かった。

雨村は、先日、甄家しんけの侍女が二度振り返ったことを、自分を理解してくれる人のしるしだと思い込み、ずっと気にかけていた。ちょうど中秋の夜だったので、月を見ながら思いを募らせ、その場で五言律詩ごごんりっしを詠んだ。

前世から来世まで続く縁えんがどうなるかも分からないのに、あの人を思うたび、悲しみが増していく。 苦しくなっては眉をひそめ、立ち去るときには何度も振り返る。 風に吹かれる自分の影を見ても、月の下で誰が連れ添ってくれるだろう。 月の光に心があるなら、まずあの美しい人の頭に差してほしい。

雨村は詩を詠み終えると、自分の抱負を思い返した。時運に恵まれないことを嘆き、頭をかきながら空を見上げ、さらに二句を高らかに詠んだ。

玉は箱の中で良い値がつくのを待ち、かんざしは化粧箱の中で飛び立つ時を待つ。

ちょうどそこへ士隠が来て、詩を聞いた。士隠は笑って言った。「雨村さんは、本当に大きな志をお持ちですね」雨村は慌てて、「とんでもありません。昔の人の詩を口にしただけなのに、そんなに褒めていただくとは」と答えた。そして「先生はどうしてこちらへ」と尋ねた。

士隠は言った。「今夜は中秋です。みんなで過ごす節句なのに、あなたは寺で暮らしているから、寂しいでしょう。そこで酒と料理を用意しました。うちの書斎で一杯いかがですか」雨村は断らず、「これほど親切にしていただいて、断るわけにはいきません」と答え、士隠と一緒に書斎へ戻った。

ほどなく茶が済み、酒と料理が並んだ。二人は席につき、初めはゆっくり飲んでいたが、話が弾むにつれて杯を交わす勢いも増した。通りの家々から笛や笙の音が聞こえ、頭上には明るい満月が輝いていた。二人はますます楽しくなり、杯を干しては酒を重ねた。

雨村はかなり酔い、月を見ながら思いを込めて、その場で四句の絶句ぜっくを詠んだ。

十五夜の月が満ち、清らかな光が玉の欄干を照らす。 天に丸い月が昇ると、人々はみな仰ぎ見る。

士隠は聞くなり大いに喜んだ。「すばらしい。あなたはいつまでも人の下にいる人ではないと、前から思っていました。今の詩にも、高く飛び立つ兆しが見えます。遠からず出世するでしょう。おめでたいことです」そう言って、自分で酒を一斗いっと注いで祝った。

雨村は飲み干したが、ふと嘆いた。「酒の勢いで大きなことを言っているのではありません。今の世に合った学問なら、私も受験者の一人になれるかもしれません。ただ、今は旅費を用意できないのです。都は遠く、字や文章を書いて稼いでも、そこまで行けません」

士隠は、雨村が話し終える前に言った。「どうしてもっと早く話してくれなかったのです。私も前から助けたいと思っていました。でも会うたびにその話が出なかったので、こちらからは切り出せずにいました。こうなったからには、私も義と利の違いくらい分かります。幸い、来年は大きな科挙があります。急いで都へ行き、春の試験に合格して、学んできたことを生かしてください。旅費などは私が用意します。私を理解者だと思ってくれた甲斐もあるでしょう」

士隠はすぐに小僧を呼び、銀五十両と冬着二揃いを用意させた。それから言った。「十九日は縁起のよい日です。その日に船を買って都へ向かうとよいでしょう。大きく羽ばたいて、来年の冬にまた会えたら、どんなにうれしいことでしょう」

雨村は銀と衣服を受け取り、ひと言礼を述べただけだった。特に気に留めた様子もなく、そのまま飲んで語り続けた。その日は夜も更け、三更さんこうを過ぎて、二人はようやく別れた。

訳注

訳文中の語句訳注
五言律詩五字の句を八句並べる漢詩の形式。ここでは雨村が侍女への思いを詠んでいる。
前世から来世まで続く縁原文の「三生願」。生まれ変わりを越えて続く縁や願いを思わせる。
あの美しい人原文の「玉人」。玉のように美しい人という意味で、雨村が思いを寄せている侍女を指す。
玉は箱の中で良い値がつくのを待ち原文の「玉在匱中求善價」。まだ世に知られていない自分を、箱の中にしまわれた玉になぞらえている。
かんざしは化粧箱の中で飛び立つ時を待つ原文の「釵於奩內待時飛」。かんざしが時機を待つ姿に、自分が世に出る機会を重ねている。
四句の絶句原文の「絶句」。四つの句から成る漢詩の形式。
大きな科挙官吏を選ぶための試験。雨村は合格して官職に就こうとしている。
一斗古代中国の容量単位。時代によって量が違うため、現代の量には換算していない。
三更夜を五つに分けた時刻の三番目。おおよそ夜半ごろを指す。

士隠が雨村を見送って家へ戻り、ひと眠りすると、日が高くなってからようやく目を覚ました。昨夜のことを思い出し、雨村に持たせる紹介状を二通書いて、都の役人の家を訪ね、そこに身を寄せられるようにしてやろうと思った。人を遣わして雨村を呼びに行かせると、使いの者が戻ってきて言った。「和尚の話では、賈様は今日、五更ごこうにはもう都へ発たれたそうです。和尚にも旦那様への伝言を残されました。『読書人は、吉日か凶日かにこだわらず、何事も道理を大切にすべきだ。直接ご挨拶できず、失礼した』とのことです」士隠は聞いて、仕方がないと諦めた。

時がたつのは早い。あっという間に元宵節げんしょうせつになった。甄家しんけの召使い、霍啓かくけいは、英蓮えいれんを抱いて祭りの出し物や灯籠を見に出かけた。夜中、霍啓は用を足したくなり、英蓮を人家の敷居に座らせた。用を済ませて戻り、抱き上げようとした時には、英蓮の姿がなかった。霍啓は夜通し探したが、夜明けになっても見つからない。主人のところへ戻るのが怖くて、他郷へ逃げてしまった。

娘が一晩帰らないので、士隠夫妻はただ事ではないと思い、さらに何人かを探しに出した。戻った者たちは皆、消息も手がかりもまったくないと言う。夫妻は半生でこの娘一人だけを授かった。それを突然失い、どれほど苦しんだことだろう。昼も夜も泣き、命も顧みないほどだった。一月ほどすると、まず士隠が病気になった。妻の封氏ほうしも娘を思いわずらって病気になり、毎日、医者を呼んで占いをした。

ところが、その年の三月十五日、葫蘆廟で供物を揚げていた。和尚の不注意で油鍋から火が燃え移り、窓紙に引火した。このあたりの家は、どこも竹垣と木の壁でできている。これも避けられない運命だったのだろう。火は次々に燃え広がり、家々を巻き込んで、通り一帯を火焔山かえんざんのように焼いた。兵や住民が消しに来たころには、火の勢いが強く、とても消し止められなかった。一晩中燃え続け、ようやく鎮火した。何軒が焼けたのかも分からない。隣の甄家は、気の毒にも早くから瓦礫の山になった。夫妻と数人の家人は無事だったが、士隠は足を踏み鳴らし、長く嘆くばかりだった。妻と相談して、まずは田舎の荘園へ移ることにした。

ところが近年は洪水や干ばつで作物が取れず、盗賊があちこちで蜂起し、官兵も討伐に来るため、荘園でも安心して暮らせなかった。しかたなく田畑をすべて売って現金に換えた。妻と二人の侍女を連れ、岳父の家に身を寄せた。

士隠の妻の父は封肅ほうしゅくといい、大如州だいじょしゅうの出身だった。農業をしていたが、家にはまだ蓄えがあった。落ちぶれた姿で頼ってきた士隠を見て、封肅はあまり快く思わなかった。

幸い、士隠には田畑を売ったお金がまだ残っていた。士隠はそのお金を封肅に預け、これからの暮らしのために家や土地を買ってもらうことにした。ところが封肅は、お金の一部を使い、残りから自分のもうけも得たうえで、士隠にはやせた田と粗末な家を少し与えただけだった。

士隠は読書人で、商売や農作業に慣れていない。どうにか一年か二年は暮らしたものの、ますます貧しくなった。封肅は会うたびにもっともらしいことを言いながら、人前でも陰でも、士隠は暮らし方が下手で、食べて怠けるばかりだと不満を言った。

人に頼っても当てにならないと悟った士隠は、悔やまずにはいられなかった。前年に遭った恐ろしい出来事に加え、焦りや怒り、恨み、悲しみが重なり、すでに体を損ねていた。年老いた身に貧しさと病気が重なり、とうとう死期が近づいた様子が少しずつ表れてきた。

訳注

訳文中の語句訳注
紹介状を二通原文の「薦書兩封」。都で雨村が役人の家を訪ね、そこに身を寄せるための紹介状。
五更夜を五つに分けた時刻の最後。夜明け前を指す。原文は「五鼓」。
吉日か凶日か原文の「黃道黑道」。日取りの吉凶を占う考え方。雨村はそれより道理を大切にすべきだと言い残した。
元宵節げんしょうせつ旧暦一月十五日の節句。灯籠を飾り、見物する習わしがある。
霍啓かくけい英蓮を連れて祭りを見に出た甄家の召使い。
祭りの出し物原文の「社火」。祭礼で行われる民間芸能や練り歩きの出し物。
消息も手がかりもまったくない原文の「音響全無」。行方を示す知らせも痕跡もないということ。
避けられない運命原文の「劫數應當如此」。人の力では避けられない定め、という考えを表す。
田舎の荘園原文の「田莊」。農地を含む地方の所領。
田畑をすべて売って現金に換えた原文の「折變」。土地などを売って現金にすること。
火焔山かえんざんのように火が燃え盛る山。ここでは街を焼く炎の大きさをたとえている。
封肅ほうしゅく甄士隠の岳父。士隠から田畑を売ったお金を預かるが、その一部を自分のもうけに回し、士隠には少しの土地と粗末な家を与えた。
大如州だいじょしゅう封肅が生まれた土地として記されている地名。
お金の一部を使い、残りから自分のもうけも得た原文の「半用半賺」。預かったお金の一部を使い、利益も自分のものにした様子。
やせた田と粗末な家原文の「薄田破屋」。収穫の少ない田と、粗末な住まいを指す。
もっともらしいこと原文の「現成話」。決まり文句や、その場だけのもっともらしい言葉。
死期が近づいた様子原文の「下世的光景」。この世を去ることを遠回しに表す言い方。
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