『紅楼夢』第一回(下)――「好了歌」と甄士隠の悟り

2026-10-08 記
トピック: AI記事: 中国古典: 紅楼夢

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原文に近い直訳

ちょうどその日、杖をついてどうにか街へ出て気晴らしをしていると、向こうから足の悪い道士がやって来た。麻の草鞋に粗末な衣をまとい、狂ったようにふらつきながら、口の中でいくつかの言葉を唱えていた。

世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。それでも、名声や出世への執着は捨てられない。 昔の将軍や宰相は、今どこにいるのか。荒れた墓が一つ、草に埋もれているだけ。 世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。それでも、金銀への執着は捨てられない。 朝から晩まで、集めてもまだ足りないと嘆く。いくら集めたところで、いつか目を閉じる時が来る。 世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。それでも、愛する妻への執着は捨てられない。 あなたが生きている間は毎日、愛情を語ってくれる。あなたが死ねば、妻は別の人について行く。 世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。それでも、子や孫への思いは捨てられない。 子を思うあまりの親は昔から多いが、親孝行な子や孫など、誰が見ただろう。

士隠は聞くと、笑顔で近づいて言った。「何をそんなに口にしているのです。聞こえてくるのは『よかった』『終わった』という言葉ばかりだ。どういう意味か、説明してくれませんか」道士は笑って言った。「『よかった』『終わった』という二つの言葉が聞こえたなら、もう分かったも同然だ。世の中のあらゆることは、よいと思えばそれで終わり、終わればそれでよい。終わらなければよくはない。よくしたいなら、終わらせることだ。私のこの歌を『好了歌』という」士隠はもともと悟りの早い人だった。この言葉を聞くと、すぐに心の底から得心し、笑って言った。「待ってください。あなたの『好了歌』を、私が注解してみましょうか」道士は笑って答えた。「どうぞ、言ってみなさい」そこで士隠は歌った。

粗末な家も空の広間も、昔は笏しゃくが床を埋めるほどの栄華を誇った。枯れ草、枯れ柳の場所も、かつて歌舞の場だった。 彫り梁には蜘蛛の糸がびっしり張り、緑の紗は今や粗末な窓に貼られている。 紅や白粉おしろいに輝く盛りだというのに、どうして両鬢りょうびんにはもう霜が降りたのか。 昨日は黄土の塚に白骨を埋め、今宵は赤い絹の帳の下で夫婦が睦み合う。 箱いっぱいの金、箱いっぱいの銀。たちまち物乞いとなり、皆に悪く言われる。 他人の命は短いと嘆いていた。まさか自分が帰り着いて命を落とすとは。 子のしつけは十分でも、将来、ならず者にならないとは限らない。 裕福な家を選んだのに、花街はなまちへ身を落とすとは、誰が思っただろう。 役人の帽子が小さいと嫌ったばかりに、首かせを担がされる。 昨日は破れた綿入れの寒さを憐れみ、今日は紫の官服の長さを嫌う。 大騒ぎの中、あなたが歌い終えると私が舞台に出る。よその土地を故郷と取り違える。 なんと荒唐無稽なことだ。行き着くところ、みな他人の婚礼衣装を縫っている。

訳文中の語句訳注
名声や出世への執着官職や名誉を得て名を立てることへのこだわり。
荒れた墓が一つ、草に埋もれているだけ昔の将軍や宰相も、死後は草に埋もれた墓を残すだけだという歌。
世の人はみな、仙人がよいものだと知っている歌の各節で繰り返される句。仙人のよさを知りながら、名声・金銀・妻・子孫への執着を捨てられない人々の姿を浮かび上がらせる。
笏しゃくが床を埋めるほどの栄華高位の役人が大勢集まるほどの栄華を表す。笏は、役人が朝廷で持つ細長い板。
緑の紗は今や粗末な窓に貼られているかつての華やかな暮らしが、貧しい住まいに移った様子を対照させる。
裕福な家を選んだ富裕な家柄を結婚相手に選ぶこと。
花街はなまちへ身を落とす遊女街に身を落とすこと。
首かせを担がされる罪人として枷を負わされること。役人としての出世を望んだ末の転落を表す。
他人の婚礼衣装を縫っている苦労しても結局は他人のために尽くすだけ、というたとえ。

狂った足の悪い道士はこれを聞くと、手を打って大笑いした。「ぴったりだ、ぴったりの解釈だ!」士隠は「さあ、行こう」と言い、道士の肩に掛かっていた荷袋を奪うように取って自分で背負った。家へ戻らず、そのまま狂った道士とともに、ふわりと立ち去った。

読みやすい版

ちょうどその日、杖をついて何とか街まで出て気晴らしをしていた。すると向こうから、足の悪い道士がやって来た。麻の草鞋に粗末な服をまとい、ふらふらと歩きながら、口の中でいくつかの言葉を唱えていた。

世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。でも、名声や出世への思いは捨てられない。 昔の将軍や宰相は、今どこにいる?荒れた墓が一つ、草に埋もれているだけ。 世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。でも、金銀への思いは捨てられない。 朝から晩まで、集めてもまだ足りないと嘆く。たくさん集めたころには、もう死ぬ時が来ている。 世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。でも、愛する妻への思いは捨てられない。 あなたが生きている間は、毎日愛情を語ってくれる。あなたが死ねば、妻は別の人について行く。 世の人はみな、仙人がよいものだと知っている。でも、子や孫への思いは捨てられない。 子をかわいがりすぎる親は昔から多い。でも、親孝行な子や孫を見たことがあるだろうか。

士隠は聞くと、笑顔で道士に近づいた。「何をそんなに口にしているのですか。『よかった』『終わった』という言葉しか聞こえません。どういう意味か説明してください」道士は笑って言った。「『よかった』『終わった』という言葉が聞こえたなら、もう分かったようなものだ。世の中のあらゆることは、よいと思えばそこで終わり、終わればそれでよい。終わらなければよくないし、よくしたいなら終わらせなければならない。私の歌を『好了歌』というのだ」士隠はもともと悟りが早かった。この言葉を聞くとすぐに納得し、「待ってください。あなたの歌に、私が説明をつけてもいいですか」と言った。道士は「どうぞ」と答えた。士隠は歌い始めた。

あばら家も、がらんとした広間も、昔は役人が集まり、笏しゃくが床を埋めるほどだった。草が枯れ、柳が枯れた場所も、かつては歌や踊りの舞台だった。 彫刻のある梁には蜘蛛の巣が張り、今では粗末な窓に緑の布が貼られている。 紅や白粉おしろいで美しく飾っていた人も、どうして今は両鬢りょうびんに白髪があるのだろう。 昨日は誰かの白骨を黄土の墓に埋め、今夜は別の夫婦が赤い絹の帳の下で寄り添っている。 金を箱いっぱい、銀を箱いっぱい集めても、たちまち物乞いになり、人々に悪く言われる。 他人の命は短いと嘆いていたのに、まさか自分が帰って死ぬとは思わない。 子を正しく育てても、将来悪党にならないとは限らない。 裕福な家に嫁いでも、まさか花街はなまちに身を落とすとは思わない。 官職をもっと高くしたいと望んだばかりに、ついには首かせを負わされる。 昨日は破れた綿入れが寒いと嘆き、今日は紫の官服が長いと不満を言う。 世の中は騒がしい舞台のようだ。あなたが歌い終えると私が出て行き、よその土地を故郷と思い違える。 なんともばかげたことだ。結局は他人の婚礼衣装を仕立てているだけなのに。

訳文中の語句訳注
名声や出世への思い官職や名誉を得て名を立てることへのこだわり。
荒れた墓が一つ、草に埋もれているだけ昔の将軍や宰相も、死後は草に埋もれた墓を残すだけだという歌。
世の人はみな、仙人がよいものだと知っている歌の各節で繰り返される句。仙人のよさを知りながら、名声やお金、妻、子や孫への思いを捨てられない人々の姿を表している。
笏しゃくが床を埋めるほどだった高位の役人が大勢集まるほどの栄華を表す。笏は、役人が朝廷で持つ細長い板。
緑の布が貼られている昔の華やかな住まいと、今の粗末な窓とを対比している。
裕福な家に嫁いでも裕福な家柄を結婚相手に選ぶこと。
花街はなまちに身を落とす遊女街へ身を落とすこと。
首かせを負わされる罪人として首かせなどの枷を負わされること。
他人の婚礼衣装を仕立てている苦労しても結局は他人のために尽くすだけ、というたとえ。

足の悪い道士はこれを聞くと、手を打って大笑いした。「ぴったりだ、ぴったりだ!」士隠は「さあ、行こう」と言い、道士の肩の荷袋を取って自分で背負った。家には戻らず、そのまま道士とともにふわりと立ち去った。

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