『ティマイオス』――感覚の伝達と快苦、視覚の働き

2026-10-22 記
トピック: AI記事: プラトン: ティマイオス

ティマイオス(続) 滑らかさと粗さという感覚の原因なら、見れば誰でも他の人に説明できるだろう。粗さは硬さが不均一さと混じることで生じ、滑らかさは一様さと密度によってもたらされる。

ティマイオス(続) 身体全体に共通する諸作用のうち、最後に残る最大のものは、これまで述べた作用のなかで快苦を生むもの、そして身体各部を通じて感覚を得て、その内部に苦痛と、それに続く快楽を伴うものである。

ティマイオス(続) そこで、感覚される作用と感覚されない作用のすべてについて、その原因を次のように捉えよう。先に区別した、動きやすい本性と動きにくい本性を思い出しながら考えるのだ。私たちが捉えようとするものはすべて、この区別に沿って追究すべきだからである。

ティマイオス(続) 本性に即して動きやすいものは、そこにごくわずかな作用が入り込んでも、その作用を輪を描くように伝えていく。それぞれの部分が互いに同じ作用を生み出し、ついには思考する部分に達して、作用を生じさせたものの力を知らせる。これに対して、動きにくく静止しているものは、何らかの循環をたどることなく、ただ作用を受けるだけで、近くにある他のものを動かさない。そのため、諸部分が作用を別の部分へ伝えなければ、最初の作用は諸部分の内部に動かぬまま留まる。それが動物全体に及んでも、作用を受けたものに感覚を生じさせない。

ティマイオス(続) これは骨や髪、その他、私たちの身体に備わる部分のうち、土の性質を最も多くもつものに当てはまる。一方、前に述べたものは主として視覚と聴覚に関わる。そこには火と空気の力が最も大きく備わっているからである。

ティマイオス(続) 快と苦については、次のように考えなければならない。自然に反して、強制的に一挙に私たちに生じる作用は苦痛であり、自然に戻る作用が一挙に生じるのは快い。ゆるやかに少しずつ生じるものは感覚されず、これらと反対のものは反対の仕方である。

これに対して、容易に生じるものはすべて、きわめて感覚されやすいが、苦にも快にも関わらない。たとえば視覚そのものに関わる作用がそうである。視覚は、先に述べたように、日ごとに私たちに自然に結びつく身体として生じる。

この場合、視覚は切られたり焼かれたり、その他どのような作用を受けても、痛みを生じさせない。また、同じ形へ戻るときにも、快は生じない。その一方、視覚が受ける作用についても、また視覚がどこかへ向かって触れる対象についても、感覚は最大で、最も明瞭である。視覚の分離と結合には、まったく強制が伴わないからだ。

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