第一回 甄士隠が夢の中で不思議な玉を知り、賈雨村がまだ世に出る前に良家の娘を思う
これは本書の巻頭、第一回である。作者は自らこう述べる。
かつてひとたび夢幻の世界を経験したのち、実際の出来事を隠し、通霊の物語に託して、この『石頭記』を書いた。そこで、真実を隠すという意味を甄士隠の名に託したのである。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| 甄士隠 | 原文では「真実の出来事を隠す」という「真事隱」と、人物名の「甄士隱」とを同音で重ねている。 |
| 通霊 | 霊妙な力が通じること。物語では、のちに賈宝玉が身につける「通霊宝玉」へつながる。 |
では、この書に記されているのは、どのような出来事であり、どのような人々なのか。作者はさらに言う。
今の私は世間の塵にまみれて忙しく過ごしながら、何一つ成し遂げられずにいる。ふと、かつて身近にいた女性たちのことを思い出し、その一人ひとりを詳しく振り返ってみると、振る舞いも見識も、みな私より優れていた。堂々たる男子でありながら、私はまことに彼女たちにも及ばない。いくら恥じても取り返しはつかず、まったくどうしようもない有様である。
そこで、かつて天と祖先の恩によって立派な衣服をまとい、甘く肥えたごちそうを飽きるほど味わっていた身でありながら、父や兄の教育の恩に背き、師や友の戒めにもそむき、ついには何一つ身につけないまま半生を落ちぶれて過ごした――その罪を一冊に書きまとめ、世の人々に知らせようと思う。
私の罪が多いことは承知している。しかし、閨閣の女性たちの中には、はっきりと記憶に残る人々がいる。私自身が至らぬ者だからといって、自分の欠点を隠すために、彼女たちまで一緒に忘れ去らせてはならない。
今の住まいが、草葺きの窓と粗末な垂木、縄を張った寝床と土焼きのかまどしかない貧しい家であっても、筆を執る私の心を妨げるものではない。まして朝の風、夕べの月、階の柳、庭の花は、かえって筆と墨を潤してくれる。
私は学問も文章の才も乏しい。だが、作り話と世間の言葉を用いて物語に仕立ててもよいではないか。それによって女性たちの姿を世に伝え、ひとときの憂さを晴らし、同じ思いを持つ人々の目を覚ますことができるなら、ふさわしいことではないだろうか。
そこで、仮の言葉と世間の言葉という意味を賈雨村の名に託したのである。また、篇中に「夢」や「幻」などの字を用いるのは、それこそがこの書の本旨であり、読者の注意を促すためでもある。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| 賈雨村 | 原文では「作り話と世間の言葉」という「假語村言」と、人物名の「賈雨村」とを音で重ねている。 |
読者諸君、この物語がどこから始まったのかとお思いだろう。語ってみれば、でたらめにも思える話だが、じっくり味わえば実に興味深い。
さて、女媧が石を焼いて天を補ったときのこと。大荒山の無稽崖で、高さ十二丈、一辺二十四丈の大石を三万六千五百一個作った。そのうち三万六千五百個を使い、ただ一個だけ使わず、青埂峰のふもとに捨て置いた。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| 女媧 | 中国神話の女神。壊れた天を、五色の石を焼いて補ったと伝えられる。 |
| 大荒山 | 物語に登場する神話的な山。現実の地理ではなく、物語の始まりを置く架空の場所。 |
| 無稽崖 | 大荒山にある架空の崖。「無稽」には、根拠がなく荒唐無稽であるという意味もある。 |
| 丈 | 古代中国の長さの単位。時代により実際の長さが異なるため、ここではメートルに換算せず、石の途方もない大きさを示す表現として残した。 |
| 青埂峰 | 女媧が使わなかった一個の石を捨て置いた、架空の峰。 |
その石は、焼き鍛えられたことで霊性が通じ、自分で行き来し、自由に大きくも小さくもなれるようになっていた。ほかの石はみな天を補うために選ばれたのに、自分だけは才能がなく、選ばれなかった。それを見て、石は自らを恨み、恥じ、夜も昼も悲しみ続けた。
ある日、石が嘆き悲しんでいると、遠くから僧と道士が一人ずつやって来た。二人は、骨格も姿も並の者とは違っていた。青埂峰のふもとに着くと、地面に座って語り合った。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| 道士 | 道教を学び、修行する人。ここでは僧と連れ立って現れ、石を人間世界へ運ぶ役を担う。 |
二人は、鮮やかに輝き、清らかなその石が、扇につける飾りほどの大きさに縮んでいるのを見た。たいそう愛らしい。僧は石を手のひらに載せ、笑って言った。
「姿かたちは、たしかに霊妙なものとなった。だが、まだ実際の役に立つところがない。そこで、さらにいくつか文字を刻み、誰が見ても、おまえが珍しい品だと分かるようにしてやろう。そのうえで、文明の栄えた国、詩と礼を尊び代々官人を出してきた家、花と柳のにぎわう土地、やさしさと富に満ちた郷へ連れて行き、ひと巡りさせてやる」
石は聞いて大喜びし、尋ねた。
「どのような文字を刻んでいただけるのでしょう。どこへ連れて行ってくださるのでしょう。どうか、お教えください」
僧は笑って、「今は尋ねるな。いずれ自然に分かる」と言い終えると、石を袖に入れ、道士とともに、ふわりと去っていった。どちらへ向かったのか、その後どれほどの世と長い時を経たのかも、まるで分からない。
道を求め仙人を訪ねていた一人の空空道人が、大荒山の無稽崖、青埂峰の下を通りかかった。すると、文字がはっきり刻まれ、出来事が細かく記された大石を見つけた。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| 空空道人 | 道を求めて仙人を訪ね歩く人物。石に刻まれた物語を最初に読み取る役を担う。 |
空空道人が初めから読み始めると、それは、天を補う才能がなく、姿を変えて人間世界に入り、茫茫大士と渺渺真人によって俗世へ連れ込まれ、彼岸へ導かれた一個の石だった。そこには、落ちてきた場所、胎児として生まれた場所、さらに家庭のこまごました出来事、女性たちの世界の情趣、詩や詞や謎かけまで、すべてが記されていた。ただ、どの時代の何年のことかは失われ、考証できない。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
|---|---|
| 茫茫大士と渺渺真人 | 石を俗世へ導いた二人の仙人。名前は、広大でぼんやりとした仙界の気配を表す。 |
| 彼岸 | 迷いのこちら側である此岸に対し、悟りの境地や向こう岸を指す語。ここでは石が人間世界へ入ることを、仙界からの移行として表す。 |
その後ろには、次の偈が記されていた。
| 訳文中の語句 | 訳注 |
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| 偈 | 教えや心情を短い詩の形にまとめたもの。ここでは、石の来歴を締めくくる四句の詩。 |
天を補うこともできないまま、 これほど長く俗世に入り込んでしまった。 これは、生まれる前とこの世を去った後に関わる出来事。 いったい誰が記して、奇妙な物語として伝えてくれるのだろう。