対話本文
ティマイオス(続) 生成を養うものは、湿らされ、火に熱せられ、土と空気の形を受け入れ、それらに伴うほかのあらゆる変化を受けながら、目には実にさまざまな姿を示します。しかし、似てもおらず釣り合いもとれない力で満たされるため、それ自体はどの点でも均衡せず、あらゆる方向へ不規則に揺さぶられます。それらによって揺さぶられる一方、自ら動くと、今度はそれらを揺さぶります。
ティマイオス(続) 動かされたものは、互いに分けられながら、いつも別々の方向へ運ばれていきます。ちょうど、穀物を選り分けるふるいや道具で揺さぶられ、ふるい分けられると、密で重いものは一方へ、疎で軽いものは別の場所へ運ばれ、別の座に落ち着くようなものです。そのとき、四つの種もこのように、受け入れ手が揺さぶられることで揺さぶられます。受け入れ手自身が動いて、道具のように揺さぶる動きを起こすのです。その結果、最も異なるもの同士は互いにできるかぎり遠くへ分けられ、最も似たもの同士はできるかぎり一箇所へ押し集められます。こうして、それぞれが別の場所を占めるようになりました。それらから全体が秩序づけられて生じる前のことです。その前には、これらすべてが理も尺度もなく存在していました。
ティマイオス(続) 宇宙全体を秩序づけようとしたとき、神はまず火、水、土、空気を、それぞれの痕跡はわずかに備えていたものの、神が不在ならどのようなものも当然そうであるように、まったく定まらない状態にあるものとして、初めて形相と数によって形づくりました。神が、まだ整った状態にないこれらを、可能なかぎり美しく最善に組み立てたということを、私たちはいつも前提としておかなければなりません。それでは今、これら一つ一つの配列と生成を、皆さんに説明しなければなりません。
ティマイオス(続) それを聞き慣れない説明で皆さんに明らかにしなければなりません。しかし、あなた方は、語られることを明らかにするのに必要な教育の道筋を歩んでいますから、ついてきてくださるでしょう。まず、火、土、水、空気が物体であることは、誰の目にも明らかです。どんな物体も形と奥行きを持っています。そして、奥行きには必ず平面の性質が含まれます。直角をもつ平面図形は三角形から成り立っています。どの三角形も、二つの基本となる三角形から始まります。
ティマイオス(続) 二つの三角形は、それぞれ一つの直角と二つの鋭角を持っています。一方の三角形では、等しい辺が直角を二つの等しい角に分けています。もう一方では、異なる辺が直角を異なる大きさの角に分けています。私たちは、この構成を火とその他の物体の原理と仮定し、必然を伴うもっともらしい説明に従って進みます。これらをさらに遡った原理を知るのは、神と、人間のうち神に親しい者です。さて、語らなければならないのは、
ティマイオス(続) どのような四つの物体が最も美しく作られうるかです。これらは互いに異なりながら、そのいくつかは互いから分解されて生じうるものでなければなりません。これを実現できれば、土と火、そして両者のあいだに比例関係に従ってあるものの生成について、真実を捉えられます。というのも、種類ごとにこれらを上回る美しい物体がどこかに存在する、ということを誰にも認めないからです。そこで、物体として美しさの異なる四つの種類を調和させ、これらの本性を十分に捉えたと言えるよう努めなければなりません。
ティマイオス(続) 二つの三角形のうち、二等辺のものは一つの形に定まりますが、もう一方の不等辺のものには無数の形があります。そこで、正しい順序で始めるつもりなら、無数にあるものの中から最も美しいものを選ばなければなりません。もし誰かが、これらの組み立てにもっとふさわしい三角形を選び、その理由を述べられるなら、その人を敵ではなく友と認めましょう。私たちはそこで、数多くの三角形の中からほかを退けて最も美しい一つを選びます。それによって、正三角形は三つから組み立てられます。
ティマイオス(続) その理由を詳しく述べるには、話が長くなります。しかし、これを論証し、実際のあり方を見いだした人には、友情の賞が用意されています。では、火とその他の物体がそれから作られる二つの三角形として、一方は二等辺のもの、もう一方は長い辺の平方が短い辺の平方の三倍であるものを選ぶことにしましょう。先ほど曖昧に述べたことを、今度はさらに明確に定めなければなりません。四つの種類の物体は、どれも互いを通じて他のものへと生じるように見えましたが、それは正しい見方ではなかったからです。
ティマイオス(続) このように選んだ三角形から、四つの種類が生じます。不等辺の三角形からは三種類が生じ、残る一種類だけが二等辺の三角形から組み立てられます。したがって、すべての種類が互いに分解し合い、多数の小さなものから少数の大きなものへ、またその逆へと生じるわけではありません。そうできるのは三種類だけです。というのも、この三種類はいずれも同じ一つの三角形からできているため、大きなものが分解されると、同じ三角形から多くの小さなものが組み立てられ、それらにふさわしい形を受け取るからです。
ティマイオス(続) また小さなものも、多くが三角形に分かれて散り、一つの数となって一つの体積にまとまると、別の大きな形を一つ作り出すことができます。これらが互いに移り変わることについては、以上のとおりです。それぞれがどのような形にできあがり、どれほどの数が結び合わさってできるのかを、次に述べることにしましょう。そこでまず、組み立てられる最初の、そして最小の形から始めます。その構成要素は、斜辺の長さが短辺の二倍である三角形です。そのような三角形を二つずつ対角線に沿って組み合わせ、それを三度行うと、
ティマイオス(続) 対角線と短辺とを、中心となる同じ一点に寄せ合わせることで、六つの三角形から一つの正三角形ができあがります。
ティマイオス(続) 正三角形が四つ組み合わさり、そのうち三つが一つの立体角を作ります。その立体角は、平面角のうち最も鈍い角に続いて生じます。このような立体角が四つできると、最初の立体が組み立てられます。それは球体全体を、互いに等しく相似な部分へ分けるものです。次の立体は同じ三角形から作られますが、今度は正三角形を八つ組み合わせて、四つの平面から一つの立体角を作ります。このような立体角が六つできると、第二の立体はこのように完成します。
ティマイオス(続) 第三の立体は、構成要素を百二十個、つまり六十の二倍だけ組み合わせて作られます。立体角は十二あり、その一つ一つが五つの正三角形の面に囲まれ、底面となる正三角形を二十個持つ立体ができあがります。一方は、これらを生み出した構成要素と切り離されていました。二等辺三角形は第四の種類の本性を生みます。四つずつ組み合わさって直角を中心へ集め、正方形を一つ作ります。そのような正方形が六つ組み合わさると、八つの立体角ができます。それぞれの立体角は三つの直角が平面上で組み合わさってできています。
ティマイオス(続) こうしてできた立体の形は立方体となり、底面として、等しい辺を持つ六つの正方形の面があります。さらに第五の構成もありました。神はそれを用いて全体を彩り描いたのです。
ティマイオス(続) こうしたすべてをよく考える人が、宇宙は無数にあると言うべきか、それとも限りがあると言うべきかと迷うなら、無数だとする説は、真に無限な何かについての見解であり、そのようなものに通じているべき人が扱う事柄だと受け取られるでしょう。
ティマイオス(続) 宇宙が実際に一つとして生じたのか、五つなのかを、いつ語るのがふさわしいかという点では、むしろそこで立ち止まって迷うほうが、もっともらしいでしょう。私たちの語りについては、神が、宇宙は一つとして、もっともらしい説明に従って生じたと明らかにします。別の人は別のことに目を向け、違う意見を抱くでしょう。この点はひとまず措き、いま言葉の上で生じた種類を、火・土・水・空気へ分けましょう。土には立方体の形を与えましょう。
ティマイオス(続) というのも、土は四つの種類のうち最も動きにくく、物体を形づくるのに最も適しているからです。そして、最も安定した底面を持つものは、必然的にそのようなものとして生じていなければなりません。はじめに前提とした三角形では、等しい辺を持つものの底面のほうが、等しくない辺を持つものより自然本性上安定しています。また、どちらの種類の三角形からも組み立てられる、辺の等しい四角形の平面図形は、正三角形よりも、部分においても全体としても、必然的にいっそう安定して立っています。
ティマイオス(続) このことから、土にはこれを割り当て、もっともらしい説明を保つことにしましょう。残るもののうち、最も動きにくい形を水に、最も動きやすい形を火に、その中間を空気に割り当てます。また、最も小さい物体は火に、最も大きいものは水に、中間のものは空気に、最も鋭いものは火に、二番目に鋭いものは空気に、三番目は水に割り当てます。これらすべてについて、土台の数が最も少ないものは、必然的に最も動きやすく、あらゆる方向に対して最も鋭く、切断する力も最も強く、さらに最も軽い性質を持つはずです。
ティマイオス(続) それは、同じ構成部分のうち、ごく少数から成り立っているからです。第二のものはこれらの性質を二番目に、第三のものは三番目に持つとしましょう。そこで、正しい説明ともっともらしい説明に従い、ピラミッドの立体形を火の元素であり種子とします。生成の順で第二のものを空気、第三のものを水と呼びましょう。
ティマイオス(続) これらすべては、次のように小さいと考えなければなりません。それぞれの種類の一つ一つは、小さいため私たちにはまったく見えませんが、多数が集まると、その量塊が見えるのです。さらに、比率に関わる数や運動、その他の力についても、神は、必然の本性が自ら進んで説得されて譲ったところでは、どこにおいても、あらゆる点を精密に仕上げ、比例に従ってそれらを調和させました。