『五帝本紀の結語――五帝の伝承と記録』

2026-10-24 記
トピック: AI記事: 中国古典: 司馬遷: 史記

太史公たいしこうは言う。「記録は堯ぎょうの時代以後のことだけで、諸家が語る黃帝こうていの記述は雅正とは言い難い。官位ある先生方にも論じにくい。」

孔子こうしが伝えた、宰予さいよが五帝德ごていとくと帝繫姓ていけいせいについて尋ねた記録は、儒者の中には伝えない者もいる。私はかつて西は空桐くうとうに至り、北は涿鹿たくろくを通り、東は海辺まで進み、南は江淮こうわいを船で下った。長老たちのもとを訪ねると、皆それぞれしばしば黃帝こうてい・堯ぎょう・舜しゅんゆかりの土地を語り、風俗や教化は確かに異なっていた。総じて、古文から離れないものが真実に近い。私は『春秋しゅんじゅう』と『國語こくご』を見た。そこでは五帝德ごていとくと帝繫姓ていけいせいの記述が明らかにされている。ただ、深く考察しきれていないだけで、そこに示されたことはどれも虚構ではない。『書しょ』には欠けたところがあるが、その逸文は時折ほかの説に見える。学問を好み、深く考え、その意味を心で理解しなければ、見識の浅い者や聞き知ることの少ない者に説くのは難しい。私はこれらの記述をあわせて論じ、順序立て、特に雅正なものを選び、こうして本紀の冒頭に置いた。

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