『ヴォルガ・ブルガール旅行記(リサーラ)』――ジュルジャーニーヤにて


本記事の一部はAIを活用して作成しています。内容は編集者が確認・修正を行っています。

ジュルジャーニーヤにて

5

私たちはジュルジャーニーヤに何日か滞在した。ジャイフーン川は端から端まで凍りついた。氷の厚さは十七シブルもあり、馬もラバもロバも荷車も、道を通るのと同じように、その上を渡っていた。氷はびくともせず、揺らぐこともなかった。この状態が三か月続いた。

表記 訳注
シブル 親指と小指を広げた幅を基にする長さの単位。本文の「十七」という数値を保持し、メートルには換算していない。

私たちが見たその土地は、そこから凍てつく寒さの扉が私たちに向かって開かれたとしか思えない所だった。雪が降るときは、必ず激しい暴風が伴った。土地の人が友人をもてなし、親切にしてやろうと思うと、こう言う。

「うちへ来て、話をしよう。いい火があるから。」

これが、とびきりの親切や心遣いを示す言葉なのだ。ただ、いと高き神は、薪については彼らに恵みを与え、安く手に入るようになさった。ターグの薪を荷車に一台分、彼らの貨幣で二ディルハムで買えた。その量は三千ラトルほどにもなった。

表記 訳注
ターグ 薪にする木の呼び名。植物種の同定は保留する。
ラトル 重量の単位。地域や時代によって重さが異なるため、現代単位へ換算していない。

物乞いをする者も、戸口には立たないのが彼らの習慣である。そのまま誰かの家に入り、火のそばにしばらく座って体を温め、それから「バカンド」と言う。パンという意味だ。何かをもらえば受け取り、もらえなければ出て行く。

表記 訳注
何かをもらえば受け取り、もらえなければ出て行く この一文と、続く二人の男とラクダの話は、採用刊本が後代のヤークートの引用で補った箇所を含む。伝わった写本だけですべてが読めるという意味ではない。

私たちのジュルジャーニーヤ滞在は長引いた。ラジャブ月の何日かと、シャアバーン月、ラマダーン月、シャウワール月を、そこで過ごしたのである。長くとどまったのは、寒さが厳しかったためである。

私はこんな話を聞いた。二人の男が十二頭のラクダを連れて、ある林から薪を運び出そうとした。ところが、火打ち金と火口を持って行くのを忘れた。火のないまま一夜を明かしたため、朝になると、あまりの寒さにラクダが死んでいたという。

私は、この土地の空気がどれほど冷たいかを目にした。市場も通りも無人になり、ほとんどの通りや市場を歩いて回っても、誰にも会わず、人が出迎えることもないほどだった。私は浴場から出て家に入ると、自分のひげを見たものだ。ひげは一塊の氷になっていて、火に近づけて溶かさなければならなかった。

私は、家の中にある別の部屋で寝ていた。そこにはさらにトルコ式のフェルトの丸天井の小屋を設け、私は厚い掛け物と毛皮をかぶっていた。それでも、頬が枕に凍りつくことがあった。

この土地では、ラクダに羊の皮で作ったブースティーナートという上着を着せているのも見た。皮膚が裂け、ひび割れるのを防ぐためだが、それでも役には立たない。

表記 訳注
ブースティーナート 本文ではラクダに着せる羊皮の上着を指す。

厳しい寒さで地面が割れ、大きな溝ができるのも見た。昔からある大木さえ、そのために真っ二つに裂けるのである。

ヒジュラ暦三百九年のシャウワール月も半ばになると、気候が変わり始め、ジャイフーン川の氷が解けた。私たちは旅に必要な道具の準備に取りかかった。トルコのラクダを買い、トルコ人の国で渡らなければならない川を越えるため、ラクダの皮で舟を作った。パンとキビ、それにナマクスードという干し肉を、三か月分用意した。

私たちが頼りにしていた土地の人々は、衣服を十分に用意し、たくさん持つよう勧めた。そして、旅の恐ろしさを語り、事の重大さを強調した。だが、実際に目にしたものは、その話の何倍も厳しかった。私たちは一人残らず、クルトゥクの上にハフターン、その上にブースティーン、さらにリバーダとブルヌスを重ね着した。外に見えるのは、両目だけだった。下半身には一重のサラウィールと綿入れのサラウィールをはき、ラーンと、キームフトの革靴を身につけ、その革靴の上にもう一足重ねた。こうしてラクダに乗ると、着込んだ服のために身動きが取れなかった。

表記 訳注
クルトゥク 続くハフターン、ブースティーン、リバーダ、ブルヌスとともに、重ね着した衣類の名称を原語の形で残した。
サラウィール 下半身につける衣類の名称。原文は一重のものと綿入れのものを挙げ、ラーンと革靴も列挙する。
キームフト 本文では革靴の素材を指す語。革の具体的な種類の同定は保留する。

平安の都から私たちと一緒に出て来た法学者と教師、それに若い従者たちは、あの国へ入るのを恐れ、私たちから離れて残った。先へ進んだのは、私と使者、その「サラフ」、それに二人の従者タキーンとバールスだった。

表記 訳注
サラフ この箇所の原文は سلف له。使者とともに進んだ人物を指すが、具体的な関係と人物の同定は未確定のため、役職名に置き換えず音写した。

出発すると決めた日、私は彼らに言った。

「皆さん、あなた方には王の従者が同行していて、事情をすべて承知しています。手元にはカリフの書状もあります。そこには、あの方へムサイヤビーヤ金貨四千ディーナールを送ることが、確かに記されています。あなた方は異国の王のもとへ行くのです。その件で支払いを求められますよ。」

表記 訳注
ムサイヤビーヤ金貨 原文にある貨幣の呼称。四千ディーナールという金額と、実際に資金を手元に持っているかという問題は別である。

彼らは、「そのことなら心配しないでくれ。我々に支払いを求めることはない」と答えた。

私は警告し、「あなた方に支払いを求めることは、私にはわかっています」と言ったが、受け入れなかった。

やがて隊商の支度が整った。私たちはジュルジャーニーヤの住民で、カラーウスという名の案内人を雇った。そして、威光と尊厳の主である神を頼みとし、自分たちのことを神に委ねた。

[ 日本語 ]