神は世界をどう生じさせるのか
世界の始まりを説明するときにも、「創造」という一語だけでは足りません。ここではまず日常語で五つの違いを並べ、その後で正式な名称を説明します。
| 世界発生のモデル | 根源と世界の関係 | 人間の「創造」との違い |
|---|---|---|
| 神が何もないところから存在を与える | 神が世界の存在そのものを与える | 人間は与えられた素材と条件の中で作る |
| 一つの根源から段階的に現れる | 一なる根源から多様な存在が現れる | 個人的願望を外界化する技法ではない |
| 根源が世界として姿を現す | 根源・意識が世界として見える形を取る | 個人的願望の実現と同義ではない |
| 形成・秩序化 | 既存の混沌や素材を分け、整える | 無から存在を作ることではない |
| 根本では二つでないものの現れ | 世界は存在の根本に依存して現れる | 個人の心が世界を投影するという意味ではない |
神と世界の関係を考えるには、「創造」という語も分解する必要があります。
無からの創造
古典的キリスト教では creatio ex nihilo(無からの創造)が重要となります。神は既存の物質を加工しただけでなく、世界の存在そのものを自由に与える。世界は神ではなく、神へ全面的に依存します。
この構造では、人間が創造的であると言っても、神と同じ意味で無から存在を生み出すとは限りません。人間は素材、身体、言語、歴史、他者との関係を受け取り、その中で作る。
一つの根源から段階的に現れる――「流出」
emanation(流出)は、一なる根源から多様な段階や存在が現れるモデルです。古代末期の哲学である新プラトン主義、ユダヤ教の神秘思想であるカバラ、そのほかの西洋の秘教思想を比較するときに現れます。ただし、流出が必然か自由か、流出した世界が根源とどのような関係にあるかは体系によって違います。
カバラでは、人間には捉え切れない無限の神を Ein Sof(エン・ソフ、無限者)と呼びます。その神と、世界に現れる神の働きや性質との関係を説明するため、セフィロトと呼ばれる十の段階的な働きが語られます。両者の関係を、単純な水の分流として物質的に想像すると誤る。セフィロトは神的な性質、力、現れ、器などとして象徴的・神秘的に語られます。
根源が世界として姿を現す――「顕現」
manifestation(顕現)は、隠れていた根源や意識が、多様な世界として現れるモデルです。インドの神シヴァを究極の意識として理解するカシミール・シヴァ派では、世界はシヴァ意識の自由な自己顕現として積極的に捉えられます。
現代スピリチュアルの manifestation は、願望を現実化するという意味で使われることが多いです。語は同じでも、宇宙論的顕現と個人的願望実現は別です。
宇宙論的 manifestation
一なる根源が世界・多様性として現れる
自己啓発的 manifestation
個人の意図・信念が望む出来事を生じさせる
前者から後者を導くには、「個人の意識は根源と同じ創造力を、個人的目的へ自由に使用できる」という追加前提が必要です。
形成・秩序化
神話には、既存の混沌、原初の水、素材を神々が分け、名づけ、秩序化する創造もあります。これは無からの創造と同じではありません。日本神話の国生みや神生みも、一神教の creatio ex nihilo へ置き換えられません。
非二元的現れ
インドの非二元的な思想では、存在の根本が材料を用いて世界を工作するという単純な図を取らない。世界はその根本へ依存して現れるが、根本自体が別の物質へ変質したとは考えない説明があります。その正式な用語と学派上の意味は、第II部で説明します。
ここでも「神が世界を創った」という一文だけでは、ほとんど何も分類できません。
神の数と、世界の根本原理の数は別である
神が一つか複数かという問いと、世界を成り立たせる根本原理が一つか複数かという問いは別です。前者を表す monotheism(一神教)と polytheism(多神教)、後者を表す monism(一元論)などは、似た音を持ちますが、別の問いに答えます。
- 一神教は、神が一柱・一者であることを中心にします。
- 多神教は、複数の神々を認めます。
- 一元論は、究極的実在が一つであると考えます。
- 二元論は、二つの根本原理を区別します。
- 多元論は、多数の実在的原理・魂・存在を認めます。
一神教が必ず一元論とは限りません。神と被造世界の実在的差異を認めるなら、存在論は単純な一元論ではありません。多くの神々を礼拝しながら、その背後に一なる究極実在を認めることもあります。特定の最高神を礼拝し、他の神々の存在も認める henotheism(単一神崇拝・交替神教と訳されることがある)的構造もあります。
| 問い | 可能な答え |
|---|---|
| 神はいくつか | 一神、複数神、創造神なし |
| 究極実在はいくつか | 一元、二元、多元、実体数を立てない |
| 礼拝対象はいくつか | 一柱、複数、選ばれた一柱、礼拝中心でない |
| 神と世界は同じか | 差異、内在、包含、顕現、非二元 |
後に扱うアドヴァイタは、真の自己と究極実在を二つとしない立場です。これを「一神教より進んだ一元論」と評価するのも、キリスト教を「神と人を分ける遅れた二元論」と評価するのも不適切です。それぞれが守ろうとする宗教的価値が違います。