『ヴォルガ・ブルガール旅行記(リサーラ)』――ルースの人々のもとで


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ルースの人々のもとで

21

私は、交易に来てイティル川のほとりに滞在していたルースの人々を見た。これほど体格の整った人々を、私は見たことがなかった。まるでナツメヤシの木のようだった。髪は明るい色で、肌は赤みを帯びていた。短い上衣もカフタンも着ず、男は一枚の布で体の片側を包み、片腕を外に出していた。一人ひとりが斧と剣と小刀を持ち、そのどれも身から離さなかった。

表記 訳注
短い上衣もカフタンも着ず 二種類の衣服を区別した。「カフタン」は長い上着を指す呼び名として用いた。片側を布で包み、片腕を出すという叙述は男についての記述。刊本は「男は着る」にあたる語を角括弧で補っている。

彼らの剣は、幅広い刃に溝のあるフランク製だった。一人ひとり、爪の先から首まで、緑色の木や図柄などが描かれていた。

表記 訳注
爪の先から首まで 「爪の先」にあたる刊本の語には角括弧による補入がある。緑色の木や図柄という読みに沿い、模様を付ける具体的な技法や宗教的意味は補っていない。身体的な特徴の評価は著者の見た印象として訳した。

女は一人ひとり、胸に小さな容器を留めていた。鉄、銀、銅、金のいずれかでできており、夫の財産の多さに応じたものだった。どの容器にも小刀を付けた輪があり、その小刀も胸に留められていた。首には金や銀の首輪を着けていた。男は一万ディルハムを持つと、妻のために首輪を一つ作らせた。二万を持てば二つ作らせた。こうして財産が一万ずつ増すたびに、妻の首輪を一つずつ増やした。そのため、一人の女が首にいくつもの首輪を着けていることもあった。

表記 訳注
胸に小さな容器を留めていた 刊本の حقة を小さな容器として訳した。具体的な形や用途は確定しない。続く輪・小刀との位置関係も、刊本の記述以上に構造を補っていない。

彼らが何よりも大切にする装身具は、船にある陶器でできた緑色の玉だった。これを大そう欲しがり、一粒を一ディルハムで買って、妻たちの首飾りに糸で連ねていた。

表記 訳注
船にある陶器でできた緑色の玉 刊本の الخزف الذي يكون على السفن をそのまま材料・場所の説明として読んだ暫定訳。材料名と「船」の読みに疑義があり、ガラスなどへの置換や、流通経路の説明はしていない。一粒一ディルハムという価格は原文のまま保持した。

彼らは神が造ったものの中で最も不潔だった。大便の後も小便の後も体を清めず、儀礼上の大きな汚れが生じても全身を洗わず、食事の後も手を洗わなかった。まるで迷い歩くロバのようだった。彼らは自分たちの国から来て、イティルに船を泊めた。イティルは大きな川で、彼らはその岸に大きな木の家を建てた。

表記 訳注
神が造ったものの中で最も不潔だった 直後のロバへの比較を含め、清浄についての著者の強い評価を保持したもの。訳者による現代の集団への評価ではない。「儀礼上の大きな汚れ」は性交などに関わる清浄規定上の状態を指す語の訳で、医学的な衛生状態と同一視していない。

一軒の家に十人や二十人、それより少ない人数や多い人数が集まり、一人ひとりに座って過ごす寝台があった。彼らとともに、商人に売るための美しい女奴隷たちがいた。男は自分の女奴隷と性交し、仲間がそれを見ていた。時にはそのうちの何人もが、互いの目の前で同じことをした。商人が仲間の一人から女奴隷を買おうと入って来て、その男が彼女と性交しているのに出くわすこともあった。それでも男は、自分の欲望を満たすまで彼女から離れなかった。

表記 訳注
商人に売るための美しい女奴隷たち 刊本の الجواري الروقة للتجار を売買の文脈に沿って訳した。売買の対象とされた女性たちであり、自由意思による関係とは補っていない。人数や年齢も原文にないため追加していない。

彼らは毎日必ず顔と頭を洗ったが、使うのはこのうえなく汚れきった、不潔な水だった。というのも、女奴隷が毎朝、大きな鉢に水を入れて運び、主人に差し出すのである。主人はその中で両手と顔を洗い、頭髪も洗って、鉢の中で櫛を通してとかした。それからその中で鼻をかみ、唾を吐いた。汚いことなら何でも、その水の中でした。必要なことを済ませると、女奴隷は鉢を隣の者へ運んだ。その者も仲間と同じことをした。女奴隷は一人から次の一人へと鉢を運び続け、家の中の全員に回した。一人ひとりが鼻をかみ、その中に唾を吐き、顔と髪を洗った。

表記 訳注
家の中の全員に回した 同じ鉢を一人から次へ運ぶという原文の叙述を保持した。水の交換の有無や病気の発生は原文にないため補っていない。汚れへの強い評価は著者の表現。頭髪を洗う句、汚いことをする句の一部、末尾の「その中に」にあたる語には刊本の補入がある。

船がこの泊地に着くと、一人ひとりがパン、肉、タマネギ、乳、ナビーズを持って出かけ、人の顔に似た顔のある、長い木が立っているところへ行った。その周りには小さな像があり、それらの像の後ろには長い木が地面に立てられていた。男は大きな像の前へ行き、ひれ伏した。それからこう言った。「主よ、私は遠い国から参りました。女奴隷をこれこれの人数、クロテンの皮をこれこれの枚数、持って来ました。」こうして、持参した商品をすべて挙げた。それから、「この贈り物をあなたに持って参りました」と言い、持って来たものを木像の前に置いた。そしてこう願った。「ディーナールやディルハムをたくさん持つ商人を、私にお授けください。私が売りたいものをすべて買い、私の言うことに逆らわない商人を。」それから立ち去った。

表記 訳注
ナビーズ 原文の飲料名を音写した。ここでは原料や製法を確定していない。供物のパン・肉・タマネギ・乳とは区別して残した。
女奴隷をこれこれの人数、クロテンの皮をこれこれの枚数 原文も具体的な数量ではなく、数量を挙げる言い方を示している。数字は補っていない。「主よ」の呼びかけ先は直前の大きな像。神格の名前や他宗教の神との同一性を推定していない。

売るのが難しく、日数が長引くと、二度、三度と贈り物を持って戻った。それでも望みがかなわなければ、小さな像の一つひとつにも贈り物を運び、取り次ぎを願った。「これらは私たちの主の妻や娘や息子たちだ」と言うのである。男は像から像へと願って回り、取り次ぎを求め、その前で身を低くして懇願し続けた。やがて商売がうまくいき、品物が売れることもあった。するとこう言った。「主は私の願いをかなえてくださった。お返しをしなければならない。」そこで羊か牛を何頭か殺し、肉の一部を施し、残りを運んで、大きな木像とその周りの小さな木像の前に置いた。牛や羊の頭は、地面に立てられたあの木に掛けた。夜になると犬が来て、そのすべてを食べた。これをした男はこう言った。「主は私に満足して、贈り物を食べてくださった。」

表記 訳注
取り次ぎを願った 小像に大きな像への仲介を求める叙述として訳した。妻・娘・息子という説明は商人の言葉。犬が食べたという地の文と、主が食べたという商人の解釈を区別し、神格名は補っていない。木像の「前に」にあたる語の一部には刊本補入がある。

一人が病気になると、仲間から離れたところに天幕を張り、その中に彼を放り込んだ。パンと水をいくらか一緒に置いたが、近寄らず、話しかけもしなかった。それどころか、病気でいる間はずっと世話もしなかった。とりわけ弱い者や奴隷であればなおさらだった。治って起き上がれば、仲間のところへ戻った。死ねば火で焼いた。ただし奴隷であれば、そのまま放置し、犬や猛禽に食べられるに任せた。

表記 訳注
とりわけ弱い者や奴隷であればなおさらだった ضعيفاً は弱い者として訳し、貧しさ・社会的地位・体力のいずれか一つに確定していない。病者一般の扱いと、死亡した奴隷を放置するという条件を区別した。天幕の設置、世話をしない句、後段のつるす句には刊本補入がある。

盗みを働いた者や追いはぎを捕まえると、太い木のところへ連れて行き、首に丈夫な縄を結んで、そこにつるした。長く風雨にさらされて体が崩れるまで、つるしたままにしておいた。

22

私は、彼らが長たちの死に際していろいろなことを行い、火で焼くのはその中でもまだ軽いほうだと聞いていた。実際に確かめたいと思っていたところ、彼らの有力な男が一人死んだと知った。彼らは遺体を墓に入れ、その上を屋根で覆った。衣服の裁断と縫製を終えるまで、十日間そのままにしておいた。

貧しい男なら、小さな船を作り、その中に遺体を置いて船を焼いた。裕福な男なら、財産を集め、三つに分けた。三分の一は家族に、三分の一は死者の衣服を作るために、残りの三分の一はナビーズを造るために使った。そのナビーズは、死者の女奴隷が自ら命を絶ち、主人とともに焼かれる日に飲むのだった。

表記 訳注
三つに分けた 財産の三分割と、家族・衣服・ナビーズの各三分の一を保持した。刊本は衣服と飲料の配分に関わる文字を校訂している。前段の十日間は遺体を墓に置き、衣服を準備する期間で、葬送全体が十日で終わるという意味ではない。
死者の女奴隷が自ら命を絶ち この箇所の原文の表現を保持したもの。本人の自由意思が確認できたという意味ではなく、後続する儀礼の叙述とも分けて読む必要がある。「長たち」の死の習慣について、冒頭は著者が聞いていた話であり、目撃した場面への移行と区別した。

彼らはナビーズに夢中で、昼も夜も飲んでいた。杯を手にしたまま死ぬ者さえいた。長が死ぬと、その家族は女奴隷や男奴隷に尋ねた。「おまえたちの中で、誰がこの人と一緒に死ぬか。」一人が「私が」と答えると、その者にはそれが義務となり、決して撤回を許されなかった。たとえやめたいと望んでも、やめさせてはもらえなかった。こうする者の多くは女奴隷だった。

表記 訳注
決して撤回を許されなかった 申し出の後には、本人が望んでも取り消せないという原文の制約を保持した。自由な同意が継続していたとは扱わない。冒頭のナビーズへの評価も著者の叙述であり、依存症などの診断名は付けていない。

先に述べたあの男が死んだとき、彼の女奴隷たちは「誰が彼と一緒に死ぬか」と尋ねられた。一人が「私が」と答えた。そこで彼女を見張るために二人の女奴隷が付けられ、行く先々に付き添った。二人は時には自分たちの手で彼女の両足を洗うほどだった。人々は死者の支度に取りかかり、彼の衣服を裁ち、必要なものを整えた。その間、女奴隷は毎日飲み、歌い、喜びに満ちた晴れやかな様子をしていた。

表記 訳注
彼女を見張るために二人の女奴隷が付けられ 申し出た女性一人と、その女性に付き添う二人を区別した。「喜びに満ちた晴れやかな様子」は著者の描写を訳したもので、本人の内心や自由意思を独立に確認したという意味ではない。前段の撤回禁止も維持している。

男と女奴隷が焼かれる日になると、私は彼の船のある川へ行った。船はすでに陸に引き上げられ、ハザンクなどの木で四つの支えが作られていた。船の周囲にも、大きな木組みのようなものが置かれていた。船は引かれ、その木の上に載せられた。人々は行き来し、私にはわからない言葉で話していた。このとき死者はまだ墓の中におり、取り出されてはいなかった。

表記 訳注
ハザンク 刊本の木材名 الخذنك を暫定的に音写した。現代の特定樹種へ同定していない。「四つの支え」と「大きな木組み」は原文の構造物の暫定訳で、具体的な形・寸法・配置図を復元したものではない。著者が話し言葉を理解できないという句と、死者がまだ墓にいる句には刊本補入がある。

それから寝台を運んで船の上に置き、ルームの錦でできた敷物と背当てで覆った。続いて「死の天使」と呼ばれる老女が来て、先に述べた敷物を寝台に広げた。縫い物や支度を取り仕切り、女奴隷たちを殺すのも、この老女だった。

表記 訳注
ルームの錦でできた敷物と背当て 原文の布と寝具の区別を保った暫定訳。「ルーム」は刊本の形容に沿った表記で、具体的な工房や産地までは確定していない。船上と敷物に関する句、および背当てを修飾する語には刊本補入がある。
「死の天使」と呼ばれる老女 ここでは人々が老女に用いた呼び名として訳した。超自然的存在の実在や特定の神格との同一性を述べるものではない。「縫い物や支度」は老女の役割として保持し、その具体的な工程は補っていない。老女を導入する句にも刊本補入がある。

私が見た彼女は、若々しい老女で、体が大きく、険しい顔つきをしていた。

表記 訳注
若々しい老女 原文のこの形容は読みと意味に異説がある。若さと老いを表す二語の組合せとする解釈に沿った暫定訳で、若さの程度や容貌を具体的に復元したものではない。魔術を行う女性と解する説もあるが、ここでは確定していない。

人々は彼の墓へ行くと、木の上にかぶせた土をどけ、その木も取り除いて、死んだときの腰布を着けたままの彼を取り出した。見ると、この土地の寒さのために黒ずんでいた。墓には彼と一緒にナビーズと果物とタンブールが入れてあり、それらもすべて取り出した。遺体は臭っておらず、色のほかは何も変わっていなかった。

表記 訳注
タンブール 原文の楽器名を音写した。具体的な形や弦の数は本文にないため補っていない。
この土地の寒さのために黒ずんでいた 著者が見たと述べ、その理由を寒さに結びつけている叙述を保った。死後の変化に関する現代医学的な説明へ書き換えていない。「色のほかは何も変わっていなかった」も著者の観察として読む。

人々は彼にサラウィール、ラーン、革靴、短い上衣、それに金のボタンが付いた錦のカフタンを着せた。頭にはクロテンの毛皮をあしらった錦の帽子をかぶせた。それから彼を運び、船の上にある丸屋根の天幕に入れた。敷物の上に座らせ、背当てで体を支えた。ナビーズと果物と香草も運んで来て、彼と一緒に置いた。

表記 訳注
サラウィール、ラーン、革靴、短い上衣 衣類の列挙をそのまま残した。サラウィールとラーンは既出の衣類名。具体的な丈や仕立てを復元していない。短い上衣とカフタンも別の品として保持した。
クロテンの毛皮をあしらった錦の帽子 錦と毛皮を示す原文の形容に沿った訳。帽子の具体的な形や、毛皮をどの部分に付けたかまでは述べていない。

パンと肉とタマネギを持って来て、彼の前に置いた。犬を一匹連れて来て二つに切り分け、船に投げ入れた。続いて彼の武器をすべて持って来て、彼の脇に置いた。それから乗用の獣を二頭連れて来て、汗をかくまで走らせた後、剣で切り刻み、その肉を船に投げ入れた。

表記 訳注
乗用の獣を二頭 原文はここで動物の種を明示していないため、馬とは確定しなかった。二頭という数、汗をかくまで走らせること、剣で切り刻み肉を船に投げ入れる順序を保持した。

次に牛を二頭連れて来て、これも切り分け、船に投げ入れた。雄鶏と雌鶏も一羽ずつ連れて来て殺し、船に投げ入れた。

殺されることを望んでいたあの女奴隷は、あちこちを行き来し、人々の天幕へ一つずつ入っていった。天幕の主人は彼女と交わり、こう言った。「『私がこうしたのは、あなたへの愛からだ』と、お前の主人に伝えてくれ。」

表記 訳注
殺されることを望んでいたあの女奴隷 原文の望みを示す表現を保った。ただし、前段には申し出を撤回できないという制約がある。この呼び方だけを自由で継続的な同意の証拠とはしない。殺されることを示す句には刊本補入がある。
あなたへの愛 原文の二人称を残した訳。この発言の「あなた」が誰を指すかには解釈の余地があり、死者への敬意や女性への感情を訳者の判断で具体化していない。天幕の主人の発言として区別した。

金曜日のアスルの時刻になると、人々は女奴隷を、戸口の枠のように作ったもののところへ連れて来た。彼女は男たちの手のひらに両足を載せ、枠の上からのぞいて、何か言葉を口にした。人々は彼女を下ろし、二度目に持ち上げた。彼女は一度目と同じことをした。それからまた下ろして三度目に持ち上げると、前の二度と同じことをした。次に彼女へ鶏を渡した。彼女はその首を切り落とし、頭を投げた。人々は鶏を受け取り、船に投げ入れた。

表記 訳注
アスルの時刻 午後の礼拝に対応する時刻の呼び名。具体的な現地時刻へ換算していない。
戸口の枠のように作ったもの 原文の比喩を保持し、実際の家の戸口や特定の形の祭壇と断定していない。三度持ち上げる反復、女奴隷が述べた言葉、下ろす動作と鶏を扱う順序を残した。この箇所の発言内容は、ここではまだ説明されていない。

私は彼女のしぐさについて通訳に尋ねた。すると、こう答えた。

表記 訳注
通訳に尋ねた ここからの三度の発言は、著者が通訳を通して聞いた説明として区別した。著者が女奴隷の言葉を直接理解したという叙述へ変えていない。

「初めに持ち上げられたとき、彼女は『ほら、父と母が見える』と言った。二度目には、『ほら、亡くなった私の親族がみな座っているのが見える』と言った。三度目には、『ほら、私の主人が楽園に座っているのが見える。楽園は美しく、緑に満ちている。彼のそばには男たちや少年たちがいる。彼が私を呼んでいる。私を彼のところへ連れて行ってください』と言ったのだ。」

表記 訳注
私の主人が楽園に座っているのが見える 通訳が伝える女奴隷の発言として訳した。死後の世界を訳者が確認したという意味ではない。父母や親族、楽園の描写、呼びかけと移動の願いには、後代の引用から補われた刊本文字を含む。

人々は彼女を連れて船のほうへ急いだ。彼女は身に着けていた二つの腕輪を外し、「死の天使」と呼ばれる、自分を殺す女に渡した。また二つの足輪を外し、自分に仕えていた二人の女奴隷に渡した。この二人は、「死の天使」として知られる女の娘たちだった。

表記 訳注
二つの腕輪 腕輪二つを女に渡すことと、足輪二つを二人の女奴隷に渡すことを区別した。本文にない材質や、その品ごとの細かな配分は補っていない。
女の娘たちだった 仕えていた二人と女の親子関係は、後代の引用から補われた刊本の叙述に沿った。原写本だけで確定する関係とはしていない。「死の天使」は引き続き女の呼び名として扱う。

それから人々は彼女を船に上げたが、まだ天幕には入れなかった。盾と木を持った男たちが来た。彼女にナビーズの入った杯が渡された。彼女はその杯に向かって歌い、中の酒を飲んだ。通訳は私に、「彼女はこうして、女友だちに別れを告げているのだ」と言った。次にもう一つの杯が渡されると、彼女はそれを受け取り、長いあいだ歌った。老女は、酒を飲んで主人のいる天幕に入るよう、彼女をせき立てた。私は、彼女がぼんやりした様子になり、天幕へ入ろうとするのを見た。

表記 訳注
女友だちに別れを告げている 歌と飲酒について通訳が著者へ述べた説明として訳した。女性たち全員の身分や、本人たちの気持ちを確定する表現へ変えていない。
ぼんやりした様子になり 原文の様子を述べる語に沿った訳。酩酊の程度や病名、本人の内心を診断していない。老女がせき立て、頭をつかんで天幕に入れる動作も別に保持した。

彼女は天幕と船の間に頭を入れた。すると老女はその頭をつかみ、彼女を天幕へ入れ、自分も一緒に入った。

表記 訳注
天幕と船の間に頭を入れた 刊本の位置関係に沿った訳で、入口の形や船上施設の配置を復元していない。「天幕へ」と「頭」にあたる語には刊本補入がある。

男たちは木で盾を打ち始めた。彼女の叫び声を聞かせないためだった。ほかの女奴隷たちがその声におびえ、主人とともに死ぬことを望まなくなるのを防ごうとしたのである。

表記 訳注
男たちは木で盾を打ち始めた 叫び声を聞かせず、他の女奴隷たちをおびえさせないという原文の目的を保持した。彼女たち全員の心理を著者や訳者が直接確かめた事実とはしない。目的を述べる句には刊本補入がある。

それから六人の男が天幕に入り、全員が女奴隷と交わった。次に彼女を主人の脇に横たえ、二人が両足を、二人が両手を押さえた。「死の天使」と呼ばれる老女は、彼女の首に縄を交差させて掛け、その縄を二人の男に渡して引かせた。老女は幅広の刃の短剣を手にして近づき、彼女の肋骨の間へ、場所を変えながら突き刺しては抜いた。その間、二人の男は縄で彼女の首を締め続け、ついに彼女は死んだ。

表記 訳注
全員が女奴隷と交わった 刊本の行為の叙述を省かず、身体的な詳細は追加していない。前段から続く撤回禁止や殺害の状況を離れて、自由な同意があったとは扱わない。この行為を示す動詞も刊本補入である。
縄を交差させて掛け 刊本で補われた形容に沿った訳。縄の巻き方を図として復元するものではない。短剣と縄による行為の記述にも、後代の引用で補われた箇所が含まれる。

それから、死者に最も近しい者がやって来た。彼は木切れを手に取り、それに火をつけた。そして裸のまま、船に背を向け、人々のほうを向きながら、後ろ歩きで進んだ。燃える木切れを片手に持ち、もう一方の手は尻に当てていた。そうして、船の下に積んであった木に火をつけた。殺された女奴隷が主人の脇に置かれた、その後のことだった。

表記 訳注
死者に最も近しい者 原文は死者との近さを述べている。特定の続柄や相続上の順位までは示していない。この人物の登場を述べる句には刊本補入がある。
もう一方の手は尻に当てていた 裸で後ろ歩きをし、片手に燃える木切れを持つという刊本の動作を保持した。姿勢の宗教的な理由は本文にないため補っていない。顔の向きを述べる句には刊本と引用資料の異同がある。

それから人々が木材と薪を持って来た。一人ひとりが、先端に火をつけた木切れを手にし、それを積まれた木へ投げ込んだ。火は薪に燃え移り、次いで船に、さらに天幕に燃え広がった。男と女奴隷、そこにあるものすべてが燃えた。すると、すさまじい大風が吹き起こり、炎の勢いが増し、火は激しく燃え上がった。

表記 訳注
次いで船に、さらに天幕に 刊本が述べる火の広がる順序を保持した。船と天幕へ移る句や大風が吹く句などには、引用資料から補われた刊本文字がある。
火は激しく燃え上がった この文は火勢の叙述までで、燃え尽きるまでの時間や、風についての登場人物の宗教的な説明を先取りしていない。

私のそばにルース人の男が一人いた。彼が、私と一緒にいた通訳に話しかけるのが聞こえた。私は通訳に、男が何と言ったのか尋ねた。通訳は答えた。「あの男は、『お前たちアラブ人は愚かだ』と言っています。」

表記 訳注
お前たちアラブ人は愚かだ 通訳を通じて伝えられた、ルース人の男の評価である。著者や訳者の客観的な民族評価として述べたものではない。

私は「なぜですか」と尋ねた。すると男はこう答えた。「お前たちは、自分たちにとって最も愛しく、最も大切な人を、土の中へ放り込む。土や虫や蛆が、その人を食ってしまう。だが、われわれは一瞬のうちに火で焼く。するとその人は、その場ですぐに楽園へ入るのだ。」

表記 訳注
なぜですか 問いを示す語には校訂者の推定補入がある。刊本の会話の流れに従って訳したが、原写本や引用資料だけでその語まで確定するとはしていない。
その場ですぐに楽園へ入る 火葬について男が語る信仰上の説明として訳した。死後の出来事を著者や訳者が確認したという意味ではない。この句にも引用資料からの刊本補入がある。

それから男は大いに笑った。私はそのわけを尋ねた。男は言った。「彼の主が彼を愛しているので、風を送ってくださったのだ。風に、一時間のうちに彼を連れて行かせるためにな。」

表記 訳注
彼の主が彼を愛している 男が死者とその主について語る信仰上の説明であり、風の原因を訳者が確定したものではない。男が笑う句と、風が死者を連れて行く句には刊本補入がある。

実際、一時間もたたないうちに、船も薪も、女奴隷も主人も、細かな灰になってしまった。

表記 訳注
一時間もたたないうちに この時間は著者の叙述に従ったもので、時計による実測を確認した数字ではない。男の発言にある「一時間」と、その後の著者による時間の記述を分けている。

その後、人々は船のあった場所に、丸い丘に似たものを築いた。船はそれより前に川から引き上げてあった。その中央にハザンクの大きな木材を立て、その木に死者の名とルースの王の名を書きつけて、人々は立ち去った。

表記 訳注
ハザンクの大きな木材 この箇所の刊本表記は、先に出た木材名と綴りが異なる。ここでも既存の暫定表記に揃え、現代の特定の樹種には同定していない。丘状のものと木材の寸法・具体的構造も補っていない。
死者の名とルースの王の名 二つの名を記すという叙述を保持した。王が死者と同一人物だとはせず、実際の名前や使用文字、記す技法は本文にないため補わない。船が川から引き上げられていたことを述べる句には刊本補入がある。

彼は述べた。ルースの王には、宮殿で四百人の男たちを自分のそばに置く習わしがある。彼らは有力な家来や、王が信頼を置く者たちである。王が死ぬと、彼らも死ぬ。王を守って命を落とすのも彼らである。一人ひとりに、身の回りの世話をし、頭を洗い、食べ物や飲み物を用意する女奴隷がいる。それとは別に、交わる相手となる女奴隷がもう一人いる。

表記 訳注
四百人の男たち 刊本が述べる人数である。それぞれに仕える女奴隷と、王と同席する四十人の女奴隷を区別した。王の死と彼らの死を結ぶ叙述も残したが、死ぬ時の具体的な手順までは補っていない。

この四百人は、王の寝台の下に座る。寝台は巨大で、貴重な宝石をちりばめてある。王とともにその寝台に座る、寝所に仕える女奴隷は四十人いる。王は時に、先に述べた家来たちの面前で、そのうちの一人と交わることもある。

表記 訳注
王の寝台の下に座る 刊本の位置を述べる表現に従った。「寝台」は、王が座る大きな台をも指す語の訳で、現代のベッドの形に限定していない。高さや下部の空間の構造を復元するものではない。
寝所に仕える女奴隷は四十人いる 刊本で補われた寝所との関係を含めて訳した。家来たちの面前での行為も省略していないが、本文にない身体的な描写や同意についての判断は付け加えていない。

王は寝台から下りない。用を足したくなれば、たらいの中ですませる。馬に乗りたくなれば、寝台のそばまで馬を連れて来させ、そこから乗る。馬から下りたくなれば、寝台の上に下りられるよう、馬を寄せさせる。王には代理人がいて、軍隊を統率し、敵と戦い、民の統治では王に代わって務めを果たす。

表記 訳注
寝台の上に下りられるよう 馬を寝台に寄せて王が下りるという刊本の文脈に従った。降り先を指す句には異読があり、寝台や馬の高さ、乗降用の設備を復元するものではない。乗降を述べる句には刊本補入を含む。
代理人 王に代わる者を表す語の訳。ここでは軍隊の統率、敵との戦い、民の統治という本文の役割を示し、他の国の特定の官職や宗教的な称号に置き換えていない。役割を述べる句の一部には刊本補入がある。
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